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第251話 お兄ちゃん

「オイ、遼」 「はいっ!」 ピンッと背筋を伸ばした俺に、お兄さんは苦笑して、「んな緊張すんな」と言ってくれる。 「試験前なんかは免除してやる。お前、週一で征二の家庭教師をやれ」 「えっ…?」 「小学校受験に向けて勉強させなきゃいけねぇんだよ。で、給料は幾ら欲しい?」 「えっ、そんなっ、貰えないですっ!」 「なら、現物支給だ。芽衣の作った夕飯食ってけ」 「えっ?!」 俺に断る術など無いからそれは構わない…んだけど、征二くんの了承も、芽衣お姉さんの了承も得ること無く、話がどんどん進んでいく。 「初日は再来週木曜日だ」 「はい…」 木曜日… 斗織のお教室の日だ。 「芽衣、俺が居なけりゃお前の分とガキの分、それから高校生の男2人分のメシを用意しろ」 「はい」 2人…分……? 「斗織には俺から言っておく」 「はい、お願いします」 俺と…斗織の分…? 斗織と一緒に夕ご飯を頂けるってこと? その日だけは会えないって、木曜日だけは、諦めてたのに……… 「それから、遼。お前、沙綾先生のことはお姉ちゃんって呼んでんだろ?」 「え…、はい」 「俺のことも、お兄ちゃんと呼べ」 「へっ……?」 言われたことが一瞬理解出来なくて……、 ううん、言葉としては入ってきたんだけど、それは、ドーン!!と腕組みで上から目線で求められるようなことじゃなくて……。 「俺からの条件は以上だ。出来ねェなら、俺はもう知らねェぞ」 フンッ、と鼻を鳴らすその人は、思っていた通り、鬼なんかじゃなくて、優しくて、あったかくて、おっきくて……… 「───はいっ、お兄ちゃん!よろしくお願いします!!」 俺は零れそうになる涙を必死に堪えて、大きく頭を下げた。 「おっ、やりゃー出来んじゃねェか」 大きな掌が、少し乱暴に頭を撫でる。 「斗織の所為でうちの可愛いガキが嫌われちゃ堪んねェもんな。真衣とも仲良くしろよ」 「はい…っ」 泣き虫だ、なんて思われたらいけないのに… こんな格好悪いトコ、見せたくなんかないのに…… 今日の俺は、泣いてばっかだ。 嬉しくて、不安になって、また嬉しくて……。 ほんとに、こんな泣くようになったの、斗織と付き合ってからだ。 それまでは、こんなに心を揺さぶられることなんて無かったから。 ただ目を引くだけだったクラスメイトが、女好きって噂されていた3ヶ月の男が、 こんなに大切な人になるだなんて、 思わなかったな……。

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