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第252話 お釈迦妻

「失礼します」 廊下から斗織の声。襖の開く音がした。 「立ち聞きか?」 「あら、斗織君は座ってたわよ。私が襖の陰に控えているように言ったんです」 急に硬くなったお兄ちゃんの声に、斗織ではなく笑顔の芽衣お姉さんが答える。 芽衣お姉さん、夫に従う慎ましやかな奥さんに見えてたんだけど、実は旦那さんを掌で転がすお釈迦妻…なのかも。 目を向けると、こちらを見ていた斗織と視線がかち合う。 …俺、今きっと凄くみっともない顔してる。 お姉ちゃんがティッシュを渡してくれたから鼻は垂れてないけど、いっぱい泣いちゃったから…、目も赤いだろうし、それに何より…… 斗織は俺が逃げてきたことになんて気付かないから、だから逃げた意味になんてまったく気付かないで…… 俺はきっとまた、同じことで泣いてしまうんだ。 ほんとに…2才の子相手に、大人気なくてごめんなさい……。 「遼、ちょっとこっち来い」 斗織がわざわざ俺の傍まで来て、手を差し出してくれる。 「はい」 俺は条件反射でその手を掴んで、握り返した斗織は強く引き上げ俺を立たせてくれた。 失礼しますと、入ってきた時と同じ文言を唱えて、斗織は俺の手を握ったままに部屋の敷居をまたいだ。 お兄ちゃんを振り返ると、行って来いと言うように頷いてくれた。 だからか、それとも繋いだ手のぬくもりが嬉しかったからなのか、俺は至極安心して、斗織に引かれるまま皆のいる部屋を後にした。

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