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第262話 心の声
母さんとお姉ちゃんの話じゃ煩くて理解できない。
だから、静かに話してくれる父さんの声に耳を傾けると、どうやらこういう事らしい。
父さんの転勤人生が始まったのは、俺が小学校5年生の時。
そしてその時母さんは、デザイナーとして最前線で働きつつ、社長としても名を轟かせ始めた頃だったらしい。
今では一大ブランドとして国内で、国外にも幅を広げてバリバリやっている母さん。
だから俺は、父さんを捨てて一人になったことで、自由に好きなことだけを追い掛けているんだろうと思っていた…のだけれど。
『しほりさん、……実は、10月から転勤で都内から離れなくてはいけなくなって…』
『転勤? 私今が踏ん張り時だからついていけないわよ』
『……うん、そうだね』
『だから聖一郎、悪いけど、』
『今までありがとう。忙しいと思うけど、体に気を付けてね』
『………分かったわ。お互いにね』
それが、2人の離婚への流れ。
揉めずに最低限しか傷つかない綺麗なお別れ───に聞こえたけれど。
お姉ちゃんは聞いていた。
酔っては愚痴る母さんの心の叫びを。
『っからさぁ、単身赴任してくれって言おうとしたのよ、私は! それなのになに、あの男は! 今までありがとうだぁ? あんなに、子供の頃から好きだ好きだ言っておいて? ついて行かないから簡単に捨てるっての? ばぁかにしてんのかーっ! 遼司まで連れてっちゃって………、うわぁ~ん、遼司~~っ』
そして、父さんの心の嘆きも。
『僕はこんなだからね。出来るのは仕事だけで、料理洗濯、掃除の一つも出来ない。遼司が居なければ生活することもままならないんだ。こんな頼りない男だから、しほりさんに捨てられてしまったんだろうね』
そして離婚から6年、新しいパートナーは探さないのかと訊けば、2人共に首を横に振る。
あれ? これって、2人ともお互いのことを忘れられていないんじゃないの?
むしろこれ、まだ両想いなままなんじゃないの?
そんな時、俺が4月でまた転校だから、斗織とはそれまでだと言っているのを聞く。
バカじゃないの皆!
だったら両親がよりを戻して、父さんをうちの会社にヘッドハンティングして、遼ちゃんを都内に残らせてあげればいいじゃない!!
お姉ちゃんは動いた。
俺の為に、両親の為に、そして何より、酔ったお母さんに愚痴られる苦行から逃れるために!!
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