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第285話 サークルさん

入場が始まっても、暫く列は動かなかった。と思えば、突然の大移動が始まる。 俺は慣れない環境の中、はぐれないよう必死に級長を追った。斗織じゃないから手は繋げないけど、コートには掴まらせてもらって、周りよりも頭一つ分抜きんでた級長と歩いていると、ふと周囲からの視線が集まっていることに気付いた。 キャーとかヤバいとか聞こえるところを見ると、きっと出所は腐女子の皆さんなんだろう。 でも、ごめんなさい。俺と級長はそんな関係じゃないんです! 俺の恋人は、左手首に確かな存在感を重みで示す、腕時計型の手枷をくれた人。 慣れない場所ではぐれたくはないけれど、なんとなく申し訳なくなって、掴んでいたブラウンのコートをそっと離した。 人並みに流されながら、階段を下る。 だだっ広い会場の中は、人で溢れかえっていた。 テーブルが数え切れない程に並び、内側に座っている人、立っている人。 卓上には級長から借りるような本が所狭しと並べられてる。 サークルスペースって言うんだって。中にいるサークルの人が、自主出版している本や、グッズを売って、一般参加の人たちがそれを買う。 こういう冬コミを含むイベントを大きく、同人誌即売会、と呼ぶそうだ。 慣れた様子で歩く級長の背中を追い掛ける。 通り過ぎながら並べられた本や飾られているパネルを見る。 う~ん…濃厚。 「きぅちょう、何処まで行くの?」 淀みない動きの級長に訊ねれば、 「ここは二次創作のスペースですから」 「にじ…創作?」 「ええ。原作有りきの創作です。僕たちが向かっているのはあの辺り、一次創作、オリジナル作品のサークルさんですよ」 原作有りき……なるほど、そう言えば並んだスペースの表紙イラストやパネルのイラストに描かれた少年たちは、同じ髪形髪色の人が多い。 同じキャラだからなんだ…。 あ、あのキャラ知ってる。テレビアニメで流れてるやつだ。 普通の少年マンガだったような気がするけど……と思ってすぐに、気付いた。 そう言えば級長も、男同士で付き合っていない人を捕まえて「受け要員」なんて言ってたりした。 つまり、そう言うことなんだ。 原作が男同士でそうなってなくても、彼女たちは構わないんだ。 でも……、級長と俺に向けられる視線はちょっと困る。 俯いて本を読んでる人に声を掛けてまで見せるようなものじゃないから。 期待に応えられなくてごめんなさい。 「こんにちは」 「ぶっ…」 級長が急に立ち止まるから、背中に顔をぶつけた。 「えっ、あら、あら~っ」 サークルの中から、社会人と思わしき女の人が両手で口元を塞ぎ俺たちを見ていた。 「あっ、こ、こんにちはっ」 慌てて俺も挨拶する。 「こんにちは、伯爵くん。…と、カレシさん!?ねぇ、どっちが受け!?」 ………ですよねぇ…。 おねえさん、ごめんなさい! 俺の攻めは斗織オンリーです! …って、伯爵くん?って……なんだろう??

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