293 / 418
第293話 斗織の着物
ロングコートの下は、部屋着代わりの濃灰の着流し。
相変わらずの着物男子。かっこいい。
「俺の為に着物で来てくれたの?」
訊けば、斗織はくすりと笑って、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「早く来てやんねェとお前、一人で泣くだろ」
「泣かないけどー」
口を尖らせて反論する、けど。
思ったのとは違ってたけど、やっぱり俺の為、だった。
着替える時間も惜しんで駆け付けてくれたんだ。
もそもそと腕の中から抜け出して、位置を決めて抱き着くと、チュッと唇を重ね合わせる。
ここに来ちゃって平気なのか?とか
何時までいられるのか?とか
訊きたいことは幾つもあるけど……
伝えたいのは一言だ。
「来てくれてありがとう」
ううん、二言。
「だいすき!」
やっぱり泊まってはいけない斗織は、父さんの帰宅と入れ替えに帰っていった。
明日から元日まではお祖父さんの家で親族の集いがあるから、今日みたいに気軽には出て来られないって言われた。
それから、3日はお弟子さんを集めての初お茶会で、2日はその準備があるから……
次に会えるとしたら、早くても4日。
学校が始まるのは7日。
ずっと俺と一緒にいる訳にも行かないだろうし、その3日間だって毎日会えるかも分からない。
一緒に居たいってのは俺の我侭だし、共に過ごせる時間が残り僅か、ってのも、こっちの都合で振り回しちゃってるって話だし……。
うぅ~ん…、恋愛って難しい。
斗織が置いていってくれた長着と襦袢をそっと胸に抱く。
「聖一郎さん来たからもう淋しくねェだろ?そろそろ帰るぞ」
そう言われても、抱き着いたまま離れられなかった俺。
だって、帰って欲しくなかったから。
一度くっついたらもう離せなくなっちゃったから。
だから、より力を込めてぎゅっとしがみついた。
そしたら斗織は唐突に着物を脱ぎ出して……
うわわっ、まさか父さんの見てる前で───っ!?
焦る俺を尻目に、
「聖一郎さん、すみません」
父さんに声を掛けた。
すみません!?
すみませんって───!?
目の前で息子乱れさせますがすみませんってこと?!
「服を一着お借りできますか?」
ん……?服??
斗織は脱いだ長襦袢と長着を俺に羽織らせた。
床にずった裾に小さく笑う。
「次まで預かってろ。洗わなくていいから」
「っ!───はいっ!!」
斗織は父さんの服と、自分のコートを着て帰り、
俺の手元には斗織の着物が残った。
くんくん……
斗織の香り。
落ち着く。
安心する。
でもちょっとだけ、エッチな気分になる。
結局、抱き締めあってキスしただけだしさ。
こんなことなら、勝手に咥えちゃうんだった!
後悔してももう遅い。
皺にしても良いって言われた着物で、とおるくんを包み込んで抱き締める。
布団に入って目を閉じると、今日一日の疲れが一気に体に押し寄せてきた。
確かに、戦場だったかも…。
西ホールの企業ブース、とか。
脱衣所とバスルームの間を仕切るドアが開く音が聞こえる。
ああ、父さん出て来たんだ……
そんなことを思いながら、薄暗い部屋の中、俺の意識は徐々に遠のいていったのだった。
ともだちにシェアしよう!