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第298話 友達以上

「はいはいはい終了~っ」 ずっと大人しかったお姉ちゃんに、突然背後から抱き寄せられた。 驚いたしーくんの腕が離れる。 「なんだよ、さーや姉ちゃん。邪魔すんなよ」 「邪魔じゃないですー。お邪魔虫はアンタの方だろが」 膝の上に頭を持って行かれて見上げた先で、お姉ちゃんがベッと舌を突き出す。 そういえば、昔も2人はこんなだったかも。 弟の俺と親友の俺。一人しかいない俺を取り合って、ケンカが尽きないんだ。 だけど今日のお姉ちゃんの真意は、別にあったらしい。 「遼ちゃん、それ以上くっついてたら浮気になっちゃうよ」 耳元でコソッと囁かれて、確かに、と微かな笑みが溢れる。 斗織の知らない、俺の幼馴染に抱き締められたなんて言ったら、互いにそんな気持ちなんか無くったって、斗織はヤキモチ焼いちゃいそうだ。 級長じゃないけど、嫉妬に狂った斗織に酷く抱かれちゃうかも。なんて。 ついつい口元が綻んじゃってた俺だけど、思い直してきゅっと引き締める。 お姉ちゃんの膝から起き上がって、訝しげなしーくんに視線を合わせた。 取り敢えず今は、斗織のヤキモチよりも気になることがある。 「火事って、一体何があったの?」 中一の、丁度連絡が途絶えた頃だ。 しーくんの家が火事を起こした。 原因は、お父さんの寝煙草だった。 1階のリビング、ソファーでタバコを吸っていた、しーくんのお父さん。 寝転びながらテレビを見ていた彼は、仕事の疲れからかいつの間にか眠ってしまっていた。 気付いた時には口から落ちたタバコの火が、毛足の長いラグに燃え移っていて─── ひっくり返った灰皿から溢れた、大量の吸い殻。 ソファーに燃え移る赤い炎。 質量の軽い灰が、熱された空気に押し上げられて舞う。 そこには既にちょっとした火柱が上がっていた。 寝起きで慌てたしーくんの父親はそのまま転げるように表へ逃げ、開いた玄関扉の外から呆然と火が広がるのを見つめていた。 しーくん兄弟とお母さんは2階で寝ていて、気づくのが遅れたらしい。 パチパチと燃える音、上がってくる熱に気付いた時にはもう1階は火の海で、2階にも火の手が侵入してきていた。 斗織やリューガくんの家みたいに広いお屋敷じゃない。 1階にリビングダイニングキッチンと水回り、2階に二部屋の鉛筆みたいな2階建て。庭って庭もない。 そんな、都会の住宅街に良くある住宅。 ベランダから電柱に飛び移って避難して、3人は擦り傷程度で済んだ。けれど。 突然のことで何も持って出られなかったから……… 消防車を待つ一家の目の前で、真っ黒な煙を吐き、家は脆くも崩れ落ちた。 大切な物、すべてを飲み込んで。 隣家の壁を黒く塗り潰して。 家族の帰る場所はローン返済だけを残したまま、あっという間に消え去ったのだ。 しーくん一家は暫く地方の親戚の家にお世話になることにした。 そして様々な手続きを踏んで都内に戻ってきたけれど、その時には俺はまた引っ越しをしていて。 個人情報に煩い昨今、小6の頃の住所を最後に転居先を追えなくなってしまった…そうだ………。 「………じゃあ、…俺のこと、面倒になったから、連絡くれなくなった訳じゃないの…?」 「なんだよ、メンドクセーとか、俺がりょーじのことメンドクサがるとかあるワケねーだろが」 ……怒られた。 頭、コツンってされた……。 「じゃ…じゃあ、ずっと俺のこと、忘れてなかった? 離れてても、友達だった…?」 「たりめーだろ。つかりょーじのことなんか、ずっと、友達以上に大切だっつーの! いつだって、俺の一番はりょーじなんだからな」 俺が友達を作らずにずっと我慢してきたことは、 ずっと意地張って淋しくないって思い続けていたことは、 どうやら、本当に…… ───無意味な意地っ張りだったらしい。

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