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第304話 よかった
スマホから、呼出音が聞こえたのは一瞬のこと。
『はい』
数日前、俺に「危ないから確認して出ろよ」って言った人の声が耳に届いた。
「ちゃんと俺からって確認した?」
ちょっとだけ、仕返し。
『ばーか。お前と一緒にすんな』
「えー、ひっどい!」
言葉のチョイスの割に至極あまい声に文句を返すけど、やっぱりその雰囲気にドキドキしちゃって、つい緩んじゃった口元……
「遼ちゃんたら、目がハートになってる!か~わいい~!」
目敏いお姉ちゃんのツッコミがうるさい。
「今、電話平気なの?」
『ちょっとだけな』
「そっか…。俺も、ちょっとだけ」
『じゃあ、また夜にするか』
「えっ!?やだやだっ、ちょっとじゃなくていっぱい平気っ!」
見栄を張ったわけじゃない。皆を待たせてるから、なるべく短く済ませた方がいいと思ったから出た「ちょっと」だったけど……
すぐに切られちゃうなら話は別だ!
皆に先に帰ってもらってでも、3分でも5分でも、少しでも長く斗織の声を聴いていたい!!
なのに斗織は、
『いや、声聞けたからそれでいい。元気そうだしな』
「よくないってば!斗織が電話切ったら元気じゃなくなる…」
毎晩電話してるからって、あんまりだ。
斗織は俺と話すの、一瞬で構わないってことなのかよ。
一瞬だって…嬉しいけど……俺は、一瞬じゃないほうが…もっと嬉しい。
『取り敢えず、もうこれでお前が俺を疑うことは無くなったんだよな?』
「え…、……ん…?」
電話切るとか切らないとかのやり取りは何処に行った?
「俺、別に斗織のこと疑ってないけど」
え?なに?
斗織ってば、まさか俺に隠れて浮気でもして───
『離れたらお前のこと面倒くさくなる、とか言ってたじゃねェか。それはもう、無いんだな?』
「あー……それ、ね。お陰様で、まあ…」
改めて聞かれると、それはなんだか恥ずかしい。
つい返事が曖昧になってしまった俺に、斗織はもう一度、「無くなったんだよな?」と強い口調で訊いてきた。
「うん。もう大丈夫」
『そっか。………よかった』
吐息混じりにポツリと吐露された心の声。
俺、全然気付いてなかったけど、斗織のこと不安にさせちゃってたのかな……
勝手に3月で俺と別れてメソメソしてろ!なんて言ってたくせに、全然そんな覚悟、出来てないじゃん……。
斗織も、離れたら俺の心まで離れていっちゃいそうで、怖かったのかな……?
そんな事を思えば、鼻の奥がツンと痛くなる。
『……遼』
「……はい」
『……なに泣いてんだよ』
「泣いてない」
『泣くなよ?今は傍にいてやれねェから』
「泣かないってばぁ」
しつこいよ、斗織。
そんなに言われたら、耳から入る情報のせいで、本当は俺泣いてるんじゃないかって、泣きたいんじゃないかって……
脳が勝手に勘違いしちゃう。
『遼』
「なぁに?斗織」
名前を呼ぶ声はすこぶる優しくて……
何度だって呼んで欲しくなる。
なのに、
『そろそろ切るぞ』
そんなの酷い!
「やだっ!」
『やだじゃなくて、………良かったな』
「とお───っ」
プツ、と。
また一方的に、通話を打ち切られた!
「うー…もー……」
画面を切ったスマホをポケットに戻す。
……でも、ま、良かったな…って言ってくれたし。
やっぱり斗織はなんだかんだ、俺の欲しがってる言葉をくれるんだ。
また、夜の電話で、いっぱい好きって伝えよう。
好きの大安売りじゃない。
言葉にして伝えないと、俺の中の好きが膨らみ過ぎてパンクして、どうにかなっちゃいそうだから。
「お待たせしました」
ペコリと頭を下げると、父さんが優しい笑顔で頷き、先を歩きだした。
何故かニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた母さんが続き、腕に絡みついてきたお姉ちゃんは顔を紅潮させてテンション急上昇な様子。
反してしーくんは、どうしたのかどんよりと、雨雲でも背負ったかのような落ちっぷり。
俺が電話してるちょっとの間に、一体何があったんだろう?
「しーくん、大丈夫?」
ほっぺをツンツンと突付くと、しーくんは土色をしてた顔を赤く染め、
「だっ、大丈夫だっ、なんのダメージも受けてないから!うん!」
何らかのダメージを食らっていたことを逆暴露した。
そして、あれだけ同じ電車に乗りたいと騒いでいたにも関わらず……
「りょーじ…、しあわせになぁ……」
初詣の人混みに疲れたのかぐったりとした様子で、先に駅に入ってきた外回りに乗り込みおとなしく帰っていった。
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