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第305話 Love Call
まだかなぁ、まだかなぁ……
お正月気分も今日でおしまい。
大人たちはもう明日から仕事だから、俺と父さんは4日ぶりの自宅へ帰ってきていた。
明日の父さんのお弁当の下準備、米を研いだり唐揚げ用の鶏肉を漬け込んだりしてから、お風呂に入って。
ベッドの上でご~ろごろ。とおるくんを抱っこして、俯せになって電話を待ってるうちに、どうやら俺は眠ってしまっていたらしい……
着信音に慌てて目蓋を上げた。
部屋の電気は消えて、俺の体には掛け布団が被せられてた。
俯せだった体は仰向けにされ、腕には斗織の着物を巻き付けたとおるくんを抱き締めてる。
枕元のスタンドライトだけはほんのりと灯されていて、光を点滅させるスマートフォンを照らし出していた。
このメロディーは斗織からの電話だ。
んっ、と一度咳払いして喉の調子を整えてから着信を押す。
「斗織、こんばんは」
『おう。遼、今なにしてた?』
「斗織からの電話待ってた」
いつもの質問にいつもの答え。
なのに斗織は、クッと小さく喉を鳴らす。
『嘘つけ。寝てただろ』
「っ!……うたた寝…です…」
『そうか』
また喉を震わせて笑ってる。
父さんに寝やすいように動かして布団被せてもらって、それでも起きなかった深い眠りを「うたた寝」って言ったこと……
多分、バレてる気がする。
「うんと…さ…、もう12時過ぎてる」
『ああ、遅くなって悪かったな』
「ううん!それはいいんだけど……、どうしてたの?こんな時間まで」
いつもはもっと早い時間に電話をくれるから不思議に思って訊ねれば、斗織は途端に言葉を詰まらせて……
『……別にいいだろ。俺もうたた寝してて今起きた』
はい、嘘だあ。
斗織がそんな風に言う時は、大抵俺の為に尽力してくれた、その事を隠そうとしてる時なんだから。
俺だって、ちょっとは斗織のこと、分かってんだからな。
「で、ほんとは?」
『……片付けしてたら遅くなった』
フッと聞こえた小さな笑いはきっと、バレてしまった気恥ずかしさと、見抜いた俺からの愛情を改めて感じた喜びと。
って思っておく。
「お疲れ様」
『ああ』
ほっと息をついて、斗織は電話の向こうで伸びをしたらしかった。
『体ガッチガチ』
「明日来られるなら、マッサージしてあげる」
『朝から行くから、エロいやつ、頼む』
「んー…?どうやんだろ?調べとく」
『ばか、冗談だ』
「冗談にしちゃうんだ~。いいよ、普通に揉んであげる」
多分、斗織は明日朝からうちに来るために、片付けを今日中に済ませてくれたんだと思う。
用意は前日一日掛けてやってるのに、お昼からの大きなお茶会、片付けはその日だけで済ませられるなんて、そんなことはないと思う。
相当頑張ってくれたに違いない。
きっと、全部俺の為。
俺が淋しくて泣かないようにって。
……ううん、もしかしたら斗織の方が、淋しくて堪えられなかったのかも!…なんて。
「早く明日になんないかなぁ」
『寝て起きたらもう朝だろ』
「ドキドキしちゃって眠れるかどうかわかんないっ」
『目瞑って転がってりゃそのうち眠れんだろ』
「かなぁ?…あっ、斗織今から抜け出して泊まりきちゃう!?」
いいこと思い付いた!
…のに、斗織の返事は思わしくない。
『やめとく』
「なんで?」
『聖一郎さん、いんだろ?逢ったらすぐ手ェ出したいから、やっぱ朝行くわ』
ふおぉぉ!
この人今すっごいナチュラルに、遼ちゃん即行抱きたい宣言したんだけど!
俺、朝シャワーして待っといた方がいい?
それとも一緒にシャワーする?
……あっ、ダメだ!堪え切れずに玄関で抱かれちゃう危険性考えたら、朝一シャワーで体良い香りにしておかないと!
『遼、明日さ、和装と洋装、どっちがいい?』
「えっ、どっちも!」
訊かれて即座に答えて、それから考える。
着物の斗織…滅茶苦茶格好良い。
洋服の斗織…最近見てない。
やっぱり、どっちも欲しい!
「洋服で来て、シャワーしてから着物に着替えるパターンでいいんじゃないでしょうか」
『わかったよ』
含み笑いをする斗織は、なんだかちょっと大人びてる。
早くいっぱい抱きしめて欲しい。
『じゃあ、俺そろそろ風呂入るから』
電話を切るタイミングは、いつも斗織から。
俺からじゃ、いつまで経っても切ろうって言い出さないから。
「うん。……大好き、斗織。早く来てね」
『ん。おやすみ』
「おやすみ」
『じゃあな』
プツッて電話の切れる音を聞きたくなくて、スマホを耳から遠ざける。
その時、
『───俺も……』
「っ───!?」
俺も、何!?
今、最後の方聞こえなかった!
「とおるっ!今のもう一回!」
慌てて耳に戻すけれど、
……………
もう、電話を切られた後だった………
「あーっもう!」
スマートフォンを掛け布団の上に放り投げる。
せっかく斗織がデレたのに、俺のせっかち!バカ!
「………ぶぅ」
思わず口を尖らせちゃったのは、もう1つのベッドからクスクスと笑い声が漏れ聞こえたから。
父さん、もう眠ってると思ってたのに、俺の電話聞いてたんだ。
「父さん!」
「…………」
む…、起きてることはバレてるのに、この期に及んで寝たフリとは。
「……あ、そう言えば、布団ありがとう」
「どういたしまして」
「あーっ、やっぱり起きてるーっ」
「ごめんごめん」
さっきより我慢してない笑い声が届く。
「でも、遼司。もう遅い時間だから大声は駄目だよ」
「はぁい、ごめんなさい」
「はい。おやすみ」
「おやすみなさい」
父さんと話してる間に、いつの間にかドキドキは消えたみたいだ。
スタンドライトをオフにすると、俺は自然と重くなった目蓋に導かれるように、吐く息をゆっくりと寝息へとスライドさせていった。
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