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第315話 嬉しかっただけなのに

階段を下りる途中で、その影に気づいた。 「斗織っ!」 征二くんよりも先に下ってるからぶつかる事ない。危なくない。 ちゃんと考えてから、走り下りた。 ───つもりだった。 「お疲れ様ですっ」 お稽古終わりの袴姿の斗織。 手前で勢いを殺してトン、とぶつかると、ガッチリ受け止めてくれたクセに、眉間にシワを寄せて渋い顔を向けてくる。 「危ねェから階段で走んな」 「はぁい、先生」 「征二巻き込んだらどうするつもりだテメェ」 「っ!…ごめんなさい……」 自分では安全を確かめたつもりだったけど、客観的に見たら俺の動きは危険な行為だったんだろう。 斗織が見えて、嬉しかっただけなんだ。けど……怒らせちゃった。 「ごめんね、征二くん。怖い目に合わせちゃって」 斗織の体から身を離して、振り返る。 しっかりした足取りで階下へ下り立った征二くんは、「いえ、ぼくはなんともありません」と、目を合わせて笑ってくれた。 幼児なのに、大人!男前! 幼稚園でもモテるんだろうな。 先生だってメロメロにしちゃいそう。 良かった、と胸を撫で下ろしていると、征二くんがついと斗織を見上げた。 「ぼくはだいじょうぶだよ。それよりおじさんは、先生のしんぱいした方がいいんじゃないの?」 「あ?遼は平気だろ」 「……おじさんがそんなんなら、ぼくが先生のしんぱいする」 「え…、えっ?」 あれ?何がどうしてこうなった?? 俺の右手を両手でぎゅっと抱き締める征二くんと、その様子に眉根を寄せる斗織に。 俺まるで2人の男に取り合われてるモテモテのヒロインみたいだ。 ………あ、じゃなくて! 「あ…あのね、征二くん。もし俺がここで怪我しちゃっても、自業自得だから仕様がないんだよ。だから、心配されなくても仕方な…」 「んな訳あるか、馬鹿」 言い合いになっちゃうといけないからって、慌てて説明をしてるのに、口を挟んだ斗織に頭をゴチンとやられた。 「いたい…」 「それこそ自業自得だ。誰が怪我していいなんつった」 斗織は自分で叩いたクセに、俺が押さえたトコを慰めるみたいにヨシヨシって撫でて…… 「遼のことは、例え一番上から落ちたとしても、俺が助けるから心配いらねェんだよ。だからテメェが心配する必要もねェ。分かったか、征二」 ───ヤバい!俺の彼氏かっこいい~~っ!! 抱き着きたい!抱き着いてちゅーしてギューギューしたい…けど…… 怒られてる最中だから、我慢する。 こんな時にフザケるなって、もっと怒らせちゃうだけだから。 袴姿の格好良い斗織とその一言を心のアルバムに収めるだけに留めよう。 「征二くん、行こう」 俺の心配してくれた優しい征二くんに手を差し出すと、ちっちゃな手でギュッと握り返してくれた。 かわいいっ!天使か! 落ちかけてたテンションがキュイーンって上がった。 なのに、斗織に逆の手を掴んで止められる。 腕が突っ張ったのに気付いて、征二くんが足を止めた。 「征二、お前は先に行ってろ」 子供らしからぬ怪訝そうな表情で見上げた征二くんに、斗織は追い払うように手を振ってみせる。 「先生…」 心配そうに俺に視線を移した征二くん。 大丈夫だよって、安心させるように笑って頷いた。 征二くんは完全には納得してない、後ろ髪引かれる様子で、数回こちらを振り返りながら一人、部屋へと消えていった。 俺はきっと、これから叱られるんだろう。 能天気だとか、子供のことを考えろとか、ちゃんと周りを見ろ、だとか。 正論だ。 斗織の大切な甥っ子を危険な目に合わせたんだ。 俺1人じゃなかったのに…… 周りが見えない、…ううん、見ようとしないのは、俺の悪いところだって分かってる筈なのに。 「───斗織、ごめ…えっ?」 「また何泣いてんだ、お前は」 掴まれたままだった手を引き寄せられて、気付けば俺は斗織の胸に抱き込まれていた。

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