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第345話 救済ボックス
職員室へ向かう道すがら、エコバッグを腕から下げた級長に訊ねる。
「職員室に何があるの?」
エコバッグの中には級長宛てのチョコレート。それに、俺宛てと斗織宛てのも入れてくれた。
「基本、男はバレンタインチョコを貰うと嬉しいじゃないですか」
「……うん、まあ……ねぇ……?」
俺も、斗織が居なかった頃は、誰とも付き合う気なんて無かったけど、くれる女の子がいればそれはまあ、……誰かに好かれてるって事実は、単純に嬉しかった。
他の男子と貰ったチョコの数を競う、なんて、くれた女子に失礼な事はしなかったけど。
「けれど、そうではない人というのも世の中にはいるもので……」
……そうだね。斗織とか、去年までは貰ったチョコ、全部リューガくんに流してたって言ってたし。
甘い物は好きだけど、重いチョコは食べても美味しくないって。
手作りのものは特に、何が入れられてるか分かったもんじゃないからって、持ち帰って処分してたんだって。
小学生の頃、巷で『恋の叶うコロン』ってのが流行ってて、チョコに数滴垂らして恋愛成就! って女の子たちがはしゃいでたの見てから、怖くなっちゃったんだそうだ。
まあ、女の子っておまじない好きだもんね。
そんな得体のしれねェ怪しいモン入れられたやつなんか食えっか! って言うから、
「でも、俺の作ったチョコ、愛情ってエッセンスがた~っぷり入っちゃってますよ?」
って、ふざけて言ってみた。
「そりゃ、相当甘そうだな」
返す声音はチョコより甘く……
「甘いチョコはお好きですか?」
「試してみるか?」
「ん~? どうしよぅ…んっ」
俺の言葉を呑み込んだ熱い唇は、チョコよりも甘かった。
「これは委員会の先輩から聞いた話なんですが、」
「……っ!」
級長の声にハッとする。
一瞬記憶の世界に入り込んじゃってた。いけないいけない。
斗織がいちいちえっちぃのがいけないんだよね!
「30年前ほど前わが校に、容姿がとても整っている男子生徒が入学しました。
バレンタインデー、その生徒には予想通り大量のチョコレートが渡されました。
しかし彼は恋愛事にも、甘い物にも興味が無かった為、貰ったチョコレートを全て焼却炉で焼き捨てようとしたのです」
「焼却炉……。昔はそんな手があったのか」
斗織!? ダメそれ、絶対! くれた女の子にあんまりな仕打ちだから!!
「それを見ていた教員の1人が、それは職員室で預かるからと彼を窘めました。更にそれを見ていた別の男子生徒が、貰ったチョコレートを持って帰れば彼女に殺されるから、自分のチョコも処分してくれと」
すると、他の生徒も次々と……と言う人数でもなかったけれど、その年職員室には30個以上のチョコレートが集まったらしい。
そうして翌年も職員室にはチョコの山が出来、その翌年には、手放す贈り物を預けるボックスが出来た。
集まったチョコレートは、先生方で分けているとかいないとか……。
「なかなか優秀な作りになっているそうですよ」
と、級長がエコバッグの中身を流し込んだ背の高いボックスは、一度入れてしまえば中身が見えないよう、取られないよう工夫された作りになっていた。
ラッピングを開いて中身を確認もしてないし、もし手紙がついてても読んでなくて申し訳ないって気持ちもあるんだけど……。
答えを返せない気持ちを受け取るわけにはいかない。
先生たちなら勝手に見たりしないだろうから、任せて大丈夫だよね。
よろしくお願いします、と、ごめんなさい、の意味を込めて、ダンボールで作られたお預かりボックスに向けて手を合わせた。
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