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第417話 また1年後

【斗織Side】 朝飯後、最後の挨拶を皆に済ませた遼と一緒に家を出た。 一也兄さんも大和兄さんも、一瞬だけと病院を抜け出し遼と会うためだけに戻ってきた。 父上は元々休みの日だったが、急な呼び出しが無いよう祈っていたらしい。 荷物の入ったドラムバッグは、遠慮されたけど駅まで持たせろって無理矢理奪って、遼の手にはとおるの入った『とおるくん用おでかけバッグ』(沙綾さんが作ってくれたらしい)と、俺の手だけだ。 門を出たとこでマメと会った。 どうやら、俺達が出てくるのを待ってたらしい。 駅にはいつものメンバーが勢揃い。 級長、高原、ついでに中山。 改札をくぐってホームに入れば、遼の幼馴染の静馬が大きく手を振って駆け寄ってきた。 遼の姿を見た途端に泣き出した高原を遼は抱き締めて(ギリセーフ)慰める。電車を1本見送った。 次の電車のアナウンスが入った頃、つられて鼻をグスグス言わせたマメを高原と同じように抱き締めようとした(こっちはアウトだろ)遼を引き寄せてキスして、開いたドアから車内に押し込むと、 驚いて見開いた瞳がやがて細められ、 「……また───1年後にね!」 目尻が光るのが見えた瞬間、ドアが閉まった。 無意識に追い掛けようと伸びた手が、ガラス窓にぶつかる。 『発車します。白線の内側へお下がり下さい』 駅員からのアナウンスは、俺に宛てたものなんだろう。 腕を引かれ、電車から離された。 窓の向こうで、遼が手を振った。 バッグからこっそり顔を出したとおるの黒い瞳が俺を見つめてた。 電車が動き出す。 電車の姿が、音が───すべてが目の前から消え去っても、俺は暫くその場から動けずにいた。 大体、なんだよ。 駅まででいいよ、って。 友達ならここでさよならで構わねェだろうけどさ、俺だけでも、新幹線のホームまで見送らせんのが筋ってもんじゃねェのかよ。 泣いちゃうからだめ。 離れられなくなっちゃうからだめ。 皆と一緒じゃないと、斗織 俺のこと離さなくなっちゃうでしょ? だから、だぁめ。 否定できない理由を並べて、 戻ってくるから、ここで待ってて─── そんな風に震える唇で微笑まれたら…… 最後まで見送らせろとか、我儘言えねェだろーが。 「あ゛ーーーっ!!!」 膝に手を突いて思い切り叫ぶ。 マメの「うぉっ?!」って声が聞こえた。 振り返ると、高原がビクリと肩を奮わせる。 通りすがりに頭を軽く撫でてやってから、壁際のベンチにドカッと腰を下ろした。 隣に静馬も座ってくる。 「行っちまったな……、俺たちの天使」 「違ェだろ。俺のだ、ありゃあ。俺の天使」 「いやいや、だってもう13年以上も前から俺の中では天使だしっ!」 「つかトール、リョーちん天使なんは否定しねーのな」 マメが可笑しそうに笑ってやがる。 「否定するとこあっか?アイツすげェんだぞ。カバンは自分で持つし、デートは割り勘、メシ美味ェし、可愛いし、エロいし」 「エロいとは!? やはり昨夜はお別れエッチなどしたんでしょうか!?」 ………興奮しすぎだ、級長。 そっち方面に免疫無いマメが頭を抱えて崩れた。 「まあな。昨夜は一也兄さんも留守だったから声漏れ気にしねェで良かったし、親とはそもそも部屋離れてっから聞こえねェだろーし」 「う゛………、俺の天使……」 だから、静馬のじゃなくて、俺の!天使だ。 「今日は朝から…」 「わーっっ!」 「……んだよ、マメ?」 「イヤッ、だから!そういうのはリクトと2人ん時にやれよ~っ!俺とひろたん爆発寸前!あと、中山の鼻膨らんでてキモいんだよ!…ってトール!聞いてっか!?」 マメがなんかギャーギャー騒いでる中、ジャケの内ポケットに入れたスマホが震えてることに気付いた。 見れば、それは今しがた別れたばかりの遼からのLimeメッセで……… 『皆の前で泣いちゃだめだよ。  斗織の涙は、俺だけのものです!』 『浮気とかしちゃダメだからね。』 『愛してるよ、ダーリン♡』 ちゅっ!って、せめてデフォルメキャラか動物のスタンプで送ってくりゃいいのに、ゴツい男のキス顔とか。 つかこれ、前に俺が送ったのと同じ種類のヤツじゃねーか。 大和兄さんとこに初めて遼の話をしに行った日、マナちゃんと待ち合わせしてた家の前で送った、『好きだー!』のスタンプ。 アイツ、おんなじヤツ、取ってたんだな……。 「ズルい!なにそれとーるくん?!」 「あ?」 いつの間にかスマホを覗き込んでた静馬が悲壮な声を上げた。 「俺、りょーじから “愛してる♡” なんて言われたこと無いっ!!」 「……たりめーだろが」 何言ってんだ、コイツは。 ブン殴るぞ。 『お前こそ浮気すんじゃねーぞ』 前と同じゴツい男のスタンプを送って、スマホを閉じた。 「待たせたな。───行くか」 ベンチから立ち上がって、丁度駅を通過していく急行電車を見送る。 もう……遼の乗ってった各駅停車は何処にも見えない。 ………当たり前か…… 「───ふぉっ!!」 突然 静馬が大声を上げた。 コイツも、遼が居なくなっておかしくなったか? そう思って目をやれば、 「ふぉぉっ、やべ、……すげー可愛い子!!」 興奮しきりの赤い顔。 ……オイ、遼はどうした。俺の天使は。 いや、ちょっかい出されねェならそれはそれでいいんだけどな。 だがその切り替わりの早さには多少ムカツく。 「どどどどーしよー?! 声掛けてもいいかな!? でもあの子中学生かな?中学生だとマズイよなあ?!」 中学生? 遼の次は一体どんな奴なんだと目線を追ったその先には……… オイ、確かに中学生だけど、その前にアレ…… 「俺、長めのショートの可愛い系の子に弱いんだよね」 「つか……シズマっつったっけ? ショートの子ってさ、アレうちの弟だけど」 「………はい?」 「だーかーら、俺の弟だっての。リョーちんの後はうちの弟って、シズマやっぱしソッチ系のヤツ?」 「弟…………男っっ!!?」 ……俺も思った。 静馬はきっと、本人気付いてねェだけで、まあソッチ系なんだろうな。 長めショートカットのかわいい女じゃなくて、髪長めの可愛い男が好きなんだろう。 「認めろ」 肩にトンと手を置くと、大して力なんか入ってなかった筈なのに、静馬は地面に崩れ落ちた。 俺はそんな静馬を見下ろしながら、もう一度取り出したスマホで遼に、 『実は今、静馬は男が好きだと判明した』 と送った。 数十分後、新幹線に乗り換えた報告と共に、驚いた顔のスタンプが送られてきた。 『俺たちの周り、BLの人ばっかりだ!』 「確かに…」 丸いアイコンのグラジオラスを指先でなぞって、少しだけ笑った。

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