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第48話 抗えない

自分が移動するから、と走り去っていく背中を、穏やかな気持ちで見つめる。 黒い髪が風に靡いてる。 「なにヘラヘラしてんだよ」 不意に、ほっぺをムギュッと抓られた。 「いひゃい…」 そのまま停まった電車に引っ張り込まれる。 「だって、よかったなぁって思って」 「は?」 車内中程の吊革に掴まると、斗織は俺の体をグイッと抱き寄せた。 俺も吊革、普通に届くんだけどなぁ……。 思ったけど、口にしない。 こうされてるのは嫌いじゃない。 満員電車で当たり前のように守ってくれることも嬉しい。 「良かったってなんだよ?」 腰を更に引き寄せられて、怒ったような声で訊かれた。 「え?だって、悪意でイジワルされてたんじゃなかったんだよ。よかった、でしょ?」 「はぁ!?」 「嫌われてたなら悲しいけど、好きでしてたんなら、悪い気はしないでしょ?」 「お花畑」 不機嫌そうな顔で、頭をぽかりと叩かれた。 いたい…ヒドイ………。 「なら何だよ?悪意がなければ、俺も自由に触っていいって事か?」 耳元でこそっと内緒話。 小声だからか、なんだか色っぽい……て言うか… 「悪意…無いのは知ってるもん」 耳にフッと息が吹き込まれた。 斗織にしてみたら笑っただけ、なのかもしれないけど…… 斗織は掌、指先、体中──それどころか、吐く息にすら変な気分にさせちゃう電磁波を含んでる。 触られると気持ち良くなって、キスされたら唇がピリピリって甘く痺れて、気を張ってないと、もっともっとってねだっちゃいそうになる。 だから、斗織の傍は危険! 危険だ!って、…わかってる筈なのになぁ……… 「あの、…違うと思うんだけど……」 コートのポケットに掴まって、斗織を見上げる。 ん?って、不思議そうな顔が見下ろしてくる。 「だから、斗織も自由に触っていいんじゃなくて。今 俺のことを自由にしていいの、斗織だけなんじゃないですか?……アンタ、俺のカレシなんだろ?」 掴んだそこをツイ、と引くと、斗織は顔を掌で覆って、俺から隠したその顔を更に逸らして、 「あ~~~っ」 小さく声を漏らした。 小さいけど長かったから、隣の人がビクッとして斗織を見た。 おんなじ制服。うちの高校の生徒だ。 傍でこんな会話してたら、マズイかな…? そんなことを思って俺は少し慌てちゃったのに、斗織はそんなのお構いなしで、そっぽを向いたままボソッと呟く。 「冗談ならもう言うなって言っただろーが」 ………冗談? むーーっ、ひどい! 俺の本気が冗談にされた! 「冗談じゃないもん」 手を伸ばしてえいっとデコピンすると、斗織がヒクリと唇の片端を動かしながら振り返る。 あ…ら?怒ってらっしゃる……? 突如目の前に現れた掌に顔面を掴まれた。 「いたっいたいっ」 いきなりアイアンクローとか、ヒドイっ!! 「俺にデコピンしてんじゃねェ」 「ギブッ、ギブーッ」 「お前、冗談じゃねェなら後で証明してもらうからな」 手が離されて、斗織の顔を見る。 証明……。証明…って……… ボンッ─── 「…あっ、後でっ……、うん、そうっ、後でねっ!」 赤い顔を隠すように、背中を向けた。 そっ、そう言うことだよね、今のっ?! 俺の体自由に触っていいこと証明させるって、エッチなことするってお知らせだよねっ!? 俺、どうしよう……別れなきゃ、とか言っといて。 斗織の誘惑に、抗えそうにない……!!

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