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第55話 なんで

「斗織……、やっぱり、無かったことにして」 だから俺の選択肢は、ひとつしか無い。 「一昨日の昼休み、俺はアンタ達に声を掛けなかった。アンタはカノジョとキレイに別れられた。んで、まぁるく…」 「収まるか、馬鹿」 斗織はあぐらの上に腕を組んで、眉間にシワを寄せる。 「テメーに声掛けられたお陰で、俺はめでたくホモ認定だ。あんだけ教室でキスしてりゃあな」 それ、全部そっちから仕掛けてきたやつじゃん……。 「で?テメーも立派なホモとして名を馳せたわけだが?」 「いいよ。俺は別に困らないから」 「なら、俺も困ってるわけじゃないからいいか」 じゃあなんで態々そんなことを言ってきたんだろう? 首を傾げて見る先で、斗織は足を投げ出して、後ろ手をつくと空を仰いだ。 冬の冷たい太陽を見上げて、フッと笑みを零す。 その少し淋しげな表情がやけに画になっていて、つい見惚れてしまう。 「俺の家、母親が茶道の家元っつったろ?」 「うん…」 「で、父親が結構でっかい病院に勤めてる。総合病院の外科部長ってやつで、ジイ様が院長」 「…そうなんだ」 「そ、だから俺は、女にモテんだよ」 親が家元じゃなくても医者じゃなくても、斗織ならモテると思うんだけどなぁ。 そう思いながら見つめていれば、斗織はゆっくりと起き上がって、俺のほっぺに手を伸ばしてきた。 指先で撫で上げられて、顔を擦り付ける。 触れた部分からゾクゾクってする。 やっぱり、斗織に触られるの、きもちいい……。 「お前と別れたら、また告ってきた女と付き合うぞ、俺」 「っ、………あ、うん…」 そんなの分かってる。 当たり前。 知ってる。 「こうやって、頬を撫でて…」 斗織の顔が、近付いてくる。 「キスして」 唇に、チュッて吸い付いて、離れてく。 「好きだ。お前だけだって、その女に言う」 耳朶を優しく食んでいく。 「教室で、俺をフッたお前の目の前で、もう俺は他のヤツのものだから安心しろって、その女を抱き締める」 何故かズキンと、胸が苦しくなった。 斗織との関係、結構気に入ってたから、他人に渡すの惜しくなっちゃったのかな? そんな風に、自分の中に落ち着ける。 「……カノジョなんだから、別にいいんじゃないの?」 男と付き合った男だって避けられたら…って、心配してたから。 すぐに女の子と付き合えるなら、俺の不安も取り除ける。 「そうしてもらえれば、俺も安心」 「じゃあ、なんで…」 斗織の指が、俺のほっぺの上の方を擦りあげた。 「お前は泣いてんだよ、遼」 そう言われて、涙を流していることにすら気付いていなかった俺は、初めてそこで目の前の斗織の姿が滲んで見えることを知った。

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