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第57話 やさしくしちゃヤダ
「よっ、と」
斗織が俺を抱っこしたまま立ち上がった。
っ!もしかして──!
俺が鬱陶しいから、ここから投げ落とそうとしてる!?
ぎゅっと目を瞑る。
───怖い!!
………でも投げ落とされる恐怖よりも、斗織に嫌われちゃうことの方が、もっと怖い。
「ごめんなさい……っ」
嫌われたくなくて、必死に縋りつく。
「嫌いになっちゃやだぁ…っ」
なんて浅ましいんだろう。
自分勝手に振り回して……
別れて欲しいのに嫌われたくない、とか。
これじゃ、お兄さんにしたのと同じことを斗織にもしてるようなものだ。
拒否して、嫌な子って思われて、もう守らないって……そうして離れられてまた一人になるのが怖かった。
他の知らない人に痴漢されちゃう方が怖いからって、お兄さんに触られることを甘んじて受け入れてきた。
いやだって思いながらも、その手を離せなかったのは、俺の方だった。
「あのな、遼…」
静かな声が、冬の冷たい空気を伝って耳に届く。
「……もう嫌い?」
ヒグッと大きく息を吸い込む。
「嫌いじゃねェ」
背中を優しく撫でられた。
「誤解してるみたいだから言っとくと、別に俺は3ヶ月測って付き合ってたわけじゃないぞ」
「…じゃあ、なんで3ヶ月なの?」
「俺が家元の息子ってのは、さっき言ったな」
斗織は俺の体を下ろして、座るよう促してくる。
俺は斗織から1mmも離れたくなくて、隣にピタッとくっつく様に座った。
「どうやら母親は俺を跡取りにしたいらしい。まあ俺には、茶道の才能があるらしくてな」
「うん。着物の斗織、かっこよかった」
「見た目の才能じゃねェよ」
褒められたのは満更でもなかったらしく、口元が緩む。
…あ、でも……
白衣の斗織もかっこいいだろうなぁ……。
「病院は兄貴達がいるからもういいだろ。2人して医師免許も取ったし、もう病院でバリバリ働いてる」
あ、そうなんだ。白衣の斗織を見られないのは勿体無い。
でも、斗織のお兄さんだったら、やっぱりきっと…格好良いんだろうなぁ……
白衣に黒髪、銀縁眼鏡、とかいいよね。
級長から借りたBLにもそういうお医者さんいたし。
インテリ眼鏡の斗織似のお医者さん……。
キラーン!
絶対!イケメン俳優を超越する格好良さ!!
「まあそれはそれで、俺も茶道は嫌いじゃないからいいんだが」
斗織の手が、太ももに乗っけてた俺の手の甲を指の間に指を差し込むようにして、ぎゅっと握り締めた。
触れられた部分が気持ちよくて、肩がフルフルって震える。
「家元になるには身が落ち着いていた方がいい。25までに決まった相手が居なければ、自分がお弟子さんの中から選ぶってさ」
「結婚…ってこと?」
「だな。勝手に充てがわれんのは癪だから、片っ端から付き合って、合う相手を探してた」
……じゃあ、やっぱり俺じゃダメじゃん。
俺、男だもん。
結婚なんて、出来ないじゃん…。
結ばれた手を離そうと躍起になってると、
「また口が尖ってる」
唇を繋いでない方の手で、ムギュッと挟まれた。
「だって……」
宥めるようにほっぺを撫でられて、尖ったまんまのそこには唇が触れる。
「……ずるい。…やさしくしちゃヤダ」
「はいはい」
ヒドい。子供扱いだ。
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