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第70話 天然に惚れた代償

【斗織Side】 つくづく、冬場で良かったと思った。 長いコートを着ているお陰で、俺は何食わぬ顔で電車に乗り込むことができた。 俺の恋人は、無意識で煽ってくる、とんでもない天然ヤローだ。 『俺のこと、すき?』 そう訊いてきた「す・き」のカタチに動いた潤んだ唇が、いつまで経っても頭から離れない。 乾燥するこの季節に、艶っぽく潤んでる意味も分かんねー。 誘っちゃ躱して、最後にはとんでもねェ爆弾投下しやがった。 ここは外だって級長とマメが窘めてくるから我慢してやってりゃあ、それも気にせず嬉しそうに懐いてきやがって……。 結局離れたのは改札くぐる時だけで、別れ道までずっと、ニコニコしたまま俺の腕に引っ付きっぱなしだった。 見下ろす度に目が合って、見つめ上げてはふにゃりと微笑う。 そりゃあ、勃つわ! ズボンの布に押さえつけられて、最悪に痛かったわ!! 『処女だし、ドーテーだもん。 大切にしてくれなきゃ、やだ 』 衝撃の告白から───いや、分かってはいたけどな。とにかくそっからこっち、俺のJrはずっと元気なままだ。 フザケんなよ、アイツ。 煽るだけ煽っといて、すぐに「バイバイ」とか手ェ振りやがって。 別れ際がアッサリし過ぎだと腹が立つのは、それだけ俺がアイツに惚れてる所為なのか。 確かにもう帰んなきゃマズイ時間だったから、送ってもやれなかったし、イチャつける場所も無かったけど…なあ? 汗と一緒に熱も流そうと、少し熱めのシャワーを浴びる。 流そう……とは思ってたんだが、治まんねェもんは仕方無い。 アイツの唇と手の感触、触った時の気持ち良さそうなエロい顔を思い出して熱を放出してから、風呂場を後にした。 足袋を履いて、襦袢、長着と袴を身に着ける。 今日はお稽古の日だから袴も着けるが、基本家の中では着流しで過ごす。 兄貴達は医者だから急の呼び出しのためすぐに出られる洋装をしているが、俺は母親の言い付けで、365日、家に居る時は常に和装で暮らしている。 別段面倒な事でもないが、初めてそれを聞くと大抵の奴は「大変だなぁ」と俺を憐れむ顔をする。 アイツなら、かっこいいっつって喜ぶかもな……。 本当なら、男にかっこいいって褒められてもな……って思うところ。 もっと良く見られたいと、惚れさせてやりたい、格好良いところを見せつけてやりたいと、そんなことを思ってしまう。 飯、なに作るんだろうな…? まさか、ハンバーグじゃねェだろーな?ありゃ、マメのリクエストで俺は頼んでねーぞ。 弁当でもう食ったし。 弁当に入れらんねェ料理がいいな。 遼のエプロン姿…か……。 エロくて可愛いんだろうな…… 考えてる間に、教室である離れへ辿り着く。 表情を引き締めて、襖を開いた。 「先生、よろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 生徒さんの小中学生が、並んで頭を下げた。

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