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第77話 先生たちの恋愛事情2
【マナちゃんSide】
ごめんね、と。
ごめんね、そんなことで悩ませていて───と、一也さんの唇が紡ぐ。
そんなこと……ね。
この後に続くセリフは、よくあるパターンの例のアレだろ。
気持ちを伝えてくれてありがとう。好きでいてくれて嬉しいよ。だけどやっぱり、今まで通りでいよう……って言う。
ずっと、お互いに一番の友達じゃだめ?…とかって。
一也さんは優しいから、そう言う綺麗事を、窘める為じゃなくて本気で言いそうだ。
そう言って 結局徐々に離れていく奴らと違って、本当にずっと、今まで通り一緒にいてくれそうだ。
俺にとっちゃあ、それが一番辛いのにな。
男同士で気持ち悪い、そんな気持ちでいたなんて裏切りだ───そう罵られて放り出された方が、ずっと楽だ。
「寿也君」
見上げた先で、一也さんの姿が淡く滲んだ。
土日有れば、瞼が腫れてもなんとかなるかな…。
こんな時なのに、来週の学校の心配をする。
俺ってばなんて立派な社会人。
「初めて会ったあの日から、君のことが好きだよ」
あれ?俺……さっきそこまで話したっけか…?
ムリヤリ体触らした友達のお兄さんに10年越しで恋してました、ってか。
俺、マジでちょーキモイ奴じゃん……。
垂れそうになった鼻をずずっと啜る。
ティッシュを取り出そうとポケットを探ってたら、一也さんが箱ティッシュから一枚抜いて鼻に当ててくれた。
面倒見がよくて、ホント嫌になる。
「俺もずっと寿也君に片想いをしてた」
「…え………?」
聞き間違い、だよな、また。
俺が一也さんを好きだって話だった筈だ。
一也さんが俺のこと好きなんて、そんな都合のいい話があって堪るか。
だって、一也さんは昔から俺がくっついたらあからさまに嫌がって離れようとして、2人でいても余り顔を見てくれないし、
だけど、なんでか時間ができると「会えないかな?」って俺に声を掛けてくれて………
「寿也君、好きです。俺の恋人になってください」
頭を下げて、手を差し出された。
それ、いつの時代の合コンゲームだよ。
ひたすら胸がドキドキバクバク苦しいから、胸に手を当てて深呼吸する。
「………それ、ホント?」
一也さんのことだから、俺をからかう質の悪い冗談では言ってないだろう。
けど、一也さんは優しいから………。
俺のことを見捨てられずに、可哀想だからって、嘘をついてくれてるのかもしれない。
「……冗談で君が抱き付いてくるたび、苦しくて仕方なかった。抱き締めたくて、……けれど君は恋人じゃないから、それも出来なくて」
「………真面目かよ」
「…うん。真面目過ぎたかな。冗談っぽく、抱き返せば良かったね」
時々見せる、困ったような笑顔。
俺が困らせてんのは知ってたけど、そう言う意味で困ってるなんて夢にも思ってなかった。
「言っとくけど、冗談で抱き付いてたわけじゃないからな。冗談で他人になんて抱きつかねーよ」
口を尖らすと、不意打ちでキスされた。
「───っ!?」
って、まさかあの一也さんが───?!
「寿也君、慣れてそうなのに顔真っ赤」
「っ……慣れてねーよっ!」
だ、だめだ……死ぬ………。
俺このまま、心臓爆発して死ぬんだ。
「一也さん…俺っ、心臓バクバクで…死ぬっ」
真逆からかって遊んでんじゃねーよな?と見上げると、見たこともない熱視線を纏った一也さんが、手を…伸ばしてきて………
「おいで、寿也。治してあげるから」
「っ───!!!」
おまわりさーん!ここに暗殺者がいますっ!俺のことっ、視線とセリフで殺そうとしてくるよぅっ!!
頭では助けを呼んで叫んでるのに、身体の方は勝手にフラフラと一也さんに吸い寄せられていく。
「……先生、俺の体、変なんです。ぜんぶ隅々まで、診察してくれますか?」
「それでは、こちらに座ってください」
抱き寄せられて向かい合わせに膝に座ると、手を伸ばした一也さんが俺の後ろの襖を閉める。
「念の為、一晩入院になります」
「……はい。よろしくお願いします」
男の目をして医者のセリフを言う一也さんに、俺はまるで出逢った頃の思春期の子供に戻ったような心持ちで、ドキドキと激しく胸を高鳴らせたのだった。
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