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第80話 ヨメの実家3

【斗織Side】 身体を開放してやって、なんとなく落ち着かなくなった腕を組んで訊ねる。 「あとどんぐらいで手ェ放せる?」 「え……?あ、あと、2~3分くらいかな…」 お玉で掬い上げて鍋の中身を確認する遼の表情はお預けを食らった子犬のようで、可笑しくなって小さく笑った。 その時、ガチャガチャ、と玄関の方から音が聞こえてきた。 「遼?」 「あれ?父さんかな?」 一瞬で色気が消し飛び子供の顔になる。 遼は素早く鍋の火を止めると、なんの断りも入れずに玄関へ駆けていった。 つか、滲み出る笑顔が隠せてねェ。 なんだあの顔。あんな顔、俺に見せたことがあったか? 大体父親って、殆ど家に居ねェんじゃなかったのかよ。 1人で淋しいっつーから、来てやったんだろーが。 1人じゃなくて、そんな笑顔させる父親いんなら、……俺なんかお役御免じゃねーか。 玄関が開いた音がした。 「父さんっ、おかえりなさい!」 「ただいま、遼司。お客さん?」 男の低い声が聞こえる。 オイオイ、随分イイ声だな。若いっつーか、でも渋い感じもすっし…。 女共がよく騒いでる、イケボっつーの? 本当に相手父親か?アイツが愛人やってる、とかじゃなくて? 「うん。斗織」 「…ああ、そう言えば朝、友達が来るって言ってたね」 「友達じゃなくて、俺のカレシね。カッコイイんだよ!」 ……愛人じゃ…ないみたいだな。 「あ、…ああ、そうか。そうだったね……」 それにしてもアイツ、見かけによらず漢だよな。 父親に向かって堂々と『カレシ』発言かよ。 父親の方が困ってんじゃねェか。 パーテーションの上の方から、黒い髪がチラリと見えた。 随分と背が高そうだ。 ………マジであいつの父親?血ィ繋がってんのか? 遼は多分、170無いし165ちょい。お世辞にも背の高い方とは言えない。 対して父親の方は俺より高い。185近くあんじゃねーの? パーテーションの向こうから、遼がぴょこりと姿を現した。 いや、なんか……森の小動物にしか見えなくなってきたな。アイツ。 「斗織っ、俺の父さん!」 遼に続いて出てきたのは、予想通り長身で黒髪の、出来るオトコ風のイケメンだった。 歳は40過ぎに見えんだけど、中年って言葉が全くピンと来ねェような、イイ男。 バツイチ、独身の所為か、所帯を感じさせない佇まいをしている。 なんだよ、本当にこの人、遼の父親なのか!? そう真剣に思っちまう程に、その人は男から見てもカッコいい大人の男だった。 「いらっしゃい。こんばんは」 笑顔を向けてくれてはいるが、その表情は少し固い。 当然だな、息子の男の恋人相手じゃな。笑ってくれるだけ有難い。 俺はいつもの癖で何も考えずに、フローリングの床に正座をした。 「お邪魔しております。お初にお目にかかります、羽崎斗織と申します」 両手をついて、深く深く頭を下げる。 「えっ、えぇっ……斗織っ!?」 遼が素っ頓狂な声を上げて初めて、そう言や普通の高校生はこんな挨拶はしなかったかと思い出した。 まあ俺の場合は染み着いたもんで無理してる訳でもねーし、嫁貰いに挨拶行くときは皆こんなもんだろ。 顔を上げて、目線を遼の父親に合わせる。 「遼司さんと、真剣にお付き合いさせて頂いています。まだ若輩者ゆえ至らぬ点もあるかと存じますが、努力は惜しまないつもりです。息子さんとの交際を認めて頂けますよう、何卒よろしくお願い致します」 そしてまた、深く頭を下げる。 「あわわっ、斗織が敬語で土下座を~っ」 遼が慌てたように奇妙な言葉を発した。 つか、敬語程度で驚くな。心象悪くなんだろーが。 それに土下座じゃねーし、ただの正座だっての。 「いや、それは遼が楽しそうだからいいんだけど、斗織君?そんなとこに座らないで、どうぞクッションを使って」 矢鱈といい声で、天然発言をされた気がする。 「あ、でも着物だと座り辛いかな?それにしても格好いいねぇ、着物男子。それ、自分で着られるの?」 ……ああ、なるほど。確かにこの人、遼の父親だ。

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