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第81話 ファザコン
【斗織Side】
遼の父親の聖一郎さんは、仕事の移動中、ちょうど通り道にあった自宅に息子の顔を見に寄っただけらしく、
「今日はなるべく早く帰るようにするよ」
と遼の頭を一撫ですると、名残惜しそうに仕事へと戻っていった。
それを淋しげに見送った遼と暫く試験勉強をし、メシを食って、食後にまた勉強。
ビーフストロガノフもスープもサラダすらもとんでもなく旨くて、もういいからお前はさっさと嫁に来い、と思わずにはいられなかった。
だってのに、問題集にペンを走らせる遼は人の気も知らず、顔は真剣なのに鼻歌混じりで、分かりやすくご機嫌だ。
聖一郎さんが早く帰ると言ったからだろう。
再び玄関からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。
輝く笑みを宿した顔をパッと上げると、遼はスキップよろしく飛び跳ねるように父親のもとへと駆けていった。
「父さんっ、おかえりなさい!」
「ただいま、遼司」
「今日はビーフストロガノフ作ったんだよ。ご飯まだだよね?すぐあっためるからね!」
「ああ、ありがとう」
聖一郎さんの上着を抱えて走りこんで来た遼は、俺の方なんか見向きもせずに預かったコートを掛けると今度はキッチンスペースの方へ小走りしていく。
俺、アイツのオトコやってる自信が無くなってきたわー……。
来る途中で用意した、鞄の中のローションやゴムの存在が只管に空しく思える。
弄っていない黒髪、180cmには少し欠けるが長身と称される背丈。
普段は便利にさえ感じていた自分の姿かたちすら、彼との共通点を見つけてしまった気がして、余程虚しい。
ファザコンめ。
俺から伝える言葉でもないだろうが、
「お帰りなさい」
そう挨拶すると、聖一郎さんは少し驚いたようだった。
「あ、そうか…ただいま。斗織君、今日は泊まり?」
男が男の友達の家に泊まる───だけならば、そう気にされることでも無かったんだろうな。
「……いえ、帰ります」
「えっ?斗織……泊まるんだよね?」
ダイニングテーブルに食事の用意を済ませてきた遼が、俺の正面にペタンと座った。
「いや。帰った方がいいだろ?」
「えっ?なんで?どうしてぇっ!?」
急に瞳を潤ませて、袖を引っ張ってくる。
父親居たら、俺要らなくねェか?
そう思うのに、
「斗織君、遼司が淋しがるから泊まっていけば?」
何故か聖一郎さんまでもが誘いをかけてくる。
「もう遅いし、ね?」
「うち、ここから歩いて15分くらいなんで、平気です」
「やだやだっ、今日は斗織と一緒に寝るんだもんっ」
首を横に振って、胸に抱き付かれた。
見上げてくる琥珀の瞳に、ムラ…ともイラッとも言い難い不思議な感情が芽生える。
「パジャマが無ければ僕のを貸すよ」
「あ、いえ、それは持ってきたので……」
言ってから、しまったと気付いた。
これじゃ、端から泊まる気満々だったことがバレバレじゃねーか。
「じゃあ問題ないね。泊まっておいで」
笑みを零した聖一郎さんにそれ以上反論することは出来なくて、俺は渋々頷いた。
遼は暢気に抱き付く腕に力を籠めると、俺を見上げてとんでもなく可愛くはにかむ。
「とぉる~、ありがと。すきーっ」
父親の前でそれを伝えて、俺に一体どうしろって……?
肩口にすりすりと頬を擦り付けてくる遼の姿に、俺は大きく溜息を吐く。
聖一郎さんは俺たちを見て少し困ったように、それでも優しい父親の顔をして笑っていた。
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