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第100話 2人の名前

「……ま、おめでとうってことでいっか」 斗織は複雑な表情を崩さないままに、マナちゃん先生を見つめて頭を掻いた。 その頭をマナちゃん先生が一発ボカリと強く叩く。 「なんだよ斗織!俺らが祝福してるっつーのに、なんだテメーのその態度は!」 言葉通りに本当に怒ってる訳じゃないみたいだけど…。 斗織、心からの祝福は贈ってないのかな? マナちゃん先生の気持ちを想うと、胸がギュッと苦しくなる。 「いや、別にそれはいいんだけど」 「それはいいってどういう物言いだ!」 また斗織はボコッと頭を叩かれた。 「…っからさ、一也兄さんが女と結婚しないと大和兄さん一人に負担が掛かるだろ。すっと、あの鬼がキレる…かもしんねェ」 『鬼』という言葉を訂正せずに、マナちゃん先生は「あー…」と頷く。 羽崎家には、一也さんと斗織の間に『鬼』の兄弟がいるらしい。 「まぁ、…その際には俺も一緒に怒鳴られてやるから」 マナちゃん先生は顔を微妙に引きつらせると、さっき叩いた場所を癒すみたいに斗織の頭を撫でた。 マナちゃん先生ほどの人がそんな風に言うってことは、大和兄さんって人は相当怖い人なんだろう。 「……斗織、俺も一緒に怒られるから」 ブレザーの袖をツイ、と引くと、振り返った斗織は表情を柔らかくして俺の頭に優しく手を乗せた。 「遼、お前は俺の後ろに隠れてろ。守ってやるから」 「………はい」 斗織が男前過ぎて、自分が男だってこと忘れちゃいそうだ。 赤くなった顔を逸らすと、横からギュッと抱き込まれた。 バランスを崩した頭の上に顎を置かれる。 「……まあ、なんだ、…10年越しなんだろ?……祝福する」 頭上からボソリと、感情を隠した声が聞こえた。 「………おう」 照れたように笑うと、マナちゃん先生はキャスター付きの椅子にドカッと腰を下ろした。 そして、俺たちの顔をクルーッと見回す。 「で、試験2日前だが、お前らせっかく学校が用意してやった勉強タイムに、保健室なんかに何しに来た?」 「べんきょー」 リューガくんが近くの椅子を引き寄せて座ったのを合図に、級長と中山はそれぞれ畳んであった折り畳みの椅子を開いて腰を下ろした。 斗織はマナちゃん先生のと同じ手すり付きの椅子に座ると、膝に来るようにと俺の手を引く。 「勉強なら、午後それぞれの教科の先生方が勉強会開いてくれてんだろ。そこには参加しないのか?」 「そっちは肩っ苦しいじゃん。マナちゃんだって大学出てるってことは最低限のベンキョーは出来んだろ?」 「そりゃあ出来っけどさぁ。教科の担当には劣んぞ。大体俺がお前らと同じ年って、10年前だろ?その間で矢鱈と時代は動いてるし、色々忘れてっし」 「ん?そーなん?…ま、いいや。何しろこっちには、強い味方が2人も付いてんだからな!」 リューガくんは腕を組むと、ドヤ顔をしてふんぞり返った。 「なんとここに、学年1位と2位の猛者がいらっしゃる!!」 組んでいた両手を広げて、級長と俺を指し示す。 「えっ、そうなのか?リューガと違って、リョーくんと君はお利口さんなんだな」 俺の頭を撫でて、マナちゃん先生はにっこり優しく微笑んだ。 そして級長の頭を撫でながら、 「で、君はなにクン?」 首を傾げる。 嫌味にならない名前の訊き方。マナちゃん先生は保健室の先生だし、やっぱり人当たりがいいのかな? 俺、そんな風にナチュラルに人に名前訊けないもんなぁ。 ……あ!そう言えば俺も、級長の名前知らない!! 「嵯峨野 陸翔(さがの りくと)です」 「うん。りっくんね。君は?」 俺の時と同じ、当たり前にあだ名を付けて呼ぶと、今度は中山に同じことを訊ねる。 「中山 悠成(なかやま ゆうせい)です。サッカー部で何回かお世話になってる筈なんスけどー」 中山が口を尖らせると、マナちゃん先生は思い当たることがあったようで、小さくあっと声を漏らした。 「お前、いつもと周りの面子違うじゃん。サッカー部の、悠成、勇人、優馬でなんかユニット組んでただろ、いつも」 「いやっ、ユニット組んでないから!ツートップと司令塔で同じ学年だからなんとなく一緒にいる機会多いけど」 「えー?なんか女の子たちキャーキャー言ってたぞ。なんつったっけ?ゆう…なんとかトリオ?」 「トリオ?我○家か?」 「えっと…、森○中?」 「俺、ジャ○ポケ好きー」 「僕は…ネプ○ューンですかね」 「俺はロ○ート、…じゃなくてさ!!」 中山、ゆうすけじゃなくて『ゆうせい』だったんだ…。 それに級長の名前、……『さがのりくと』 もう忘れないようにしなきゃ。 さがのりくと。さがのりくと。さがのりぷと。佐賀のリプトン……あれ? 「ま、いいや。お前ら自分たちでどうにかなるんだろ?なら場所だけ貸してやるから、おとなしく勉強すんだぞ」 「はーい」 そして俺たちは保健室で、お昼を食べてから、勉強に励んだ。 翌日、試験前日にはそれぞれ家で勉強を頑張って。 無事みんなで試験を乗り切ることが出来たのだった。

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