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第63話
「俺も休み取ったん。だから今夜、うちに泊まってかんか?」
「え? でも的野のお母さんは?」
「母さん、同窓会で和倉温泉いっとる。明日の夕方まで戻らんってさ」
「そうなんだ」
「だから、俺の部屋のベッドで一緒に寝よ」
「ええ? 恥ずかしいな」
的野の家には何度も遊びにきているが、泊まったことはない。的野は母親とふたりで暮らしているからだ。
「いっつも泊まるときは、遠くのホテル使うやん。そうすると朝もチェックアウトとかで慌ただしいやろ。たまには俺んちでゆっくりすごすのもよくない?」
「そうだね」
「よし。じゃあ決まり」
的野は嬉しそうにガッツポーズをした。
「なら、ばあちゃんに連絡入れるよ。今日は友達んちに泊まるって」
雪史は同じ町内にある一軒家に、祖母とふたりで住んでいる。最近ちょっと腰が痛いと言い始めた祖母に心配をかけたくなくて、ラインで連絡を入れた。
ポチポチ打ち終わって顔をあげると、さっきまで横にいた的野がいなくなっている。
「的野?」
どこにいったのかと、部屋を見渡す。すると台所から使い古したプラスチックのザルを手に出てきた。
「今日ユキにきてもらったんは、泊まって欲しいってのもあったんやけど、もうひとつ、一緒にやりたいことがあったんよ」
「え? なに?」
的野が居間を横切って、庭に続く掃き出し窓までいく。窓をあけると、踏石においてあったサンダルに足を突っこんだ。
「ユキもこっち出てきて」
「ええ? 何なの」
不思議がる雪史を手招いて、庭の奥へ向かう。雪史も追いかけて女性もののサンダルを引っかけると外に出た。
日が沈み暗くなり始めた庭の先で、的野が納屋から脚立を持ち出してくる。雪史はそれを手伝った。
的野家の庭は三十坪ほどの広さがあり、松や紅葉などが植えられている。そして隅には一本の柿の木。的野はその木の横に脚立を固定した。
「あ。そっか」
大きくなった柿の木を見あげる。的野が定期的に剪定している木は、高さが二メートルほどになっていた。横に伸びた枝には、尻の尖った長細い柿が十個結実している。
「もう収穫できるんだ?」
「そや。いい感じになっとるやろ」
七年前、雪史が昔住んでいた家にあった柿の木から、的野が種を取ってここに植えた。それが育って、こんなに大きな木になり今年初めて実をつけたのだ。
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