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第64話

 六月に小さな黄色い花が咲いているのを見つけたときはふたりで喜んだ。そうして、色づいたら収穫して干し柿にしようと決めていた。雪史は仕事の忙しさもあって忘れていたのだが、的野はちゃんと覚えていたらしい。 「カゴ持っててくれる?」 「ん。わかった」  受け取ったカゴを持って、脚立の横にスタンバイした。的野が脚立を登り、剪定ばさみで柿を切る。 「枝をちょこっと残しとかんといかんな。干すときに紐でしばるから」 「そだね」  パチリ、パチリと音を立てて、的野は柿を収穫した。艶々とした橙色の果実が、カゴの中に重なる。すべてとり終わると、ふたりで部屋の中に戻った。畳に新聞紙を敷いて、包丁とビニール紐、皿に焼酎を並べる。 「全部干してみる? 焼酎漬けも作る?」 「渋抜きしたのも食べてみたいな」 「なら、半分ずつ作るか。初収穫だしな。来年はもっと実をつけるだろうし、今年はお試しや」  的野が小皿に焼酎を注ぎ、カゴから実を五個手に取って、順番にへたを焼酎に漬け、ビニール袋に入れて袋をとじた。 「何日で甘くなるの?」 「二週間ぐらいのはず」  それから残りの五個を皮むきしていく。雪史は横でひとつずつへたの部分に紐をくくりつけた。  最後の一個は鳥がつついたのか、側面に傷がついている。 「これは使えないな」 「そうだね」  目の前にかざしてふたりで確認した。 「ちょっと食ってみるか」 「ええ? 渋いよ」 「どんな味か見てみたい」 「絶対渋いって」 「いやもしかしたら甘いかもしれん」 「まさか」  的野が実のきれいな部分をカットし、欠片を包丁に乗せてそのまま口に持っていく。 「知らないよ」  呆れながら見つめる雪史に、面白そうに笑って大きく口をあけ、的野はもったいぶった仕草で口内に落とした。 「んー」  その食べ方はまるで笑いを取ろうとするお笑い芸人のようだ。見ている雪史は、ドン引きのギャラリーの気分になる。  的野はモゴモゴと口を動かし、眉間に皺をよせて難しい顔になった。 「ほらー。やっぱり渋いやろ。水、持ってこようか」  しかし突然、目を見ひらき、ビックリ仰天という顔をする。 「甘い!」  自分も驚いたというリアクションで、大きな声を出した。 「ええっ」 「めちゃ甘いぞこれ」 「嘘だぁ」 「嘘なもんか。ほら、ユキも食べてみろよ」

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