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第65話

 的野が柿を差し出してくる。雪史は胡乱(うろん)な眼差しで見返した。もしかしたら揶揄(からか)われてるのかも知れない。本当はすごく渋いのに、的野はそれを我慢して(だま)しているだけなのかも。  口を引き結び食べようとしない雪史に、的野がほらほらと催促してくる。その強引さに負けて、仕方なく端をちょっと(かじ)ってみた。  警戒しつつ舌の上で転がすも、渋さはない。 「――ええ?」  雪史も目を瞠った。 「甘い。全然渋くないよ」 「だろぉ」 「ええ? どうして?」 「わかんない」  的野がもう一口、柿を囓って確認した。 「マジ甘めー。なんだこれ」  畳にひっくり返って、ゲラゲラ笑い出す。雪史もポカンとなった。 「これひとつだけ、甘いのかな」 「どうやろ。他のも食べてみる?」  的野が他の柿も(はし)を削って口に含む。 「いやこれも甘いて」 「ええ? そなの?」 「なんでやろ」  的野が首をひねりながら、ポケットからスマホを取り出し、畳に寝転がったまま何やらポチポチし始めた。雪史は的野が放り出した囓りかけの柿を手に取って、しげしげと眺めてからまた一口食べてみた。やっぱり甘い。 「あ、ここに書いてある」  ころりとひっくり返ってうつぶせになると、スマホに書いてあることを読みあげた。 「渋柿の種を植えると、甘柿ができることがあります。反対に甘柿の種を植えると、渋柿になることがあります、だって」 「へえ。そんなこと初めて聞いたよ」 「俺も」 「じゃあ、これ、全部甘柿なのかな」  干し柿用に皮を剥いた柿を、ひとつずつ切って食べてみる。 「渋くないよ」 「まじでかぁ。柿ってそんなんになっとるんや」  的野が起きあがってあぐらに座り直す。 「じゃあ、これはもう干し柿にはできんな」  皿の上に並んだ柿を眺めてちょっと残念そうに言った。 「そうやね。このまま食べるしかないね」  柿が縛ってある紐の先をつまんでもちあげる。雪史と的野の間で、甘柿がゆらゆらと揺れた。 「これからは、毎年、甘い柿がなるんかな」 「だろうね」 「まあ、甘い柿もうまいからいいけどさ」  的野がえくぼを浮かべて笑う。雪史もつられて微笑んだ。 「渋柿が欲しくなったら、またこの柿の種を植えりゃええし」 「うん」 「また七年待たんといかんけど」  雪史がその言葉に、ふふと笑うと、的野が「なんやね」と口元をあげる。

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