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第3話

 いったい、どんな部屋なのかと一歩踏みいれて、雪史自身も驚いて言葉を失くした。 「……」  背後で、園子が「どお? 気に入ってくれた?」ときいてくる。雪史はそのまま、部屋の真ん中まで進んでいった。 「すごいね、これ……」  部屋には家具はまだひとつもなかった。フローリングの床はぴかぴかで、何よりびっくりしたのは、壁一面と、それから天井に張られたクロスが、青空の模様だったことだ。  水色の壁面に、白い雲が所々浮いている。まるで、空の中に浮かんでいるようだった。 「工事の人とね、相談して、これに決めたの。これだったら、外が雨の日も、雪の日も、部屋の中は晴れてて明るいでしょ?」  そう言った祖母の、気づかうような声音に、雪史はどうして祖母がこんな突拍子もない部屋にしたのかがわかって、目の奥がじわっときた。  振り返れば、祖母も同じように泣きそうな顔になっている。 「気に入ってくれた?」 「……うん。すごく気に入った」  にっこりと笑って答えれば、園子は口元をぐっと落として、「ごめんね」と謝ってきた。 「おばあちゃん、なんにも知らなくって。だから、今まで、何にもしてあげられなくて。由紀子が――、雪ちゃんのお母さんが死んでから、雪ちゃんがどんなに寂しかったか、辛かったのか、気づいてあげられなくって、本当にごめんね」  五年前に、母親を急な病で亡くした雪史は、父親の再婚を機にこの地を離れていた。  新しい家庭になじめなくて苦労したことを、母親方の祖母である園子はずっと知らないでいた。  大学進学にともない、家をでることになったとき、疎遠だった園子に連絡を入れたのは父だった。  妹も生まれた新たな母といつまでもぎくしゃくしていた息子をもてあまし、大学ちかくに住む園子に、雪史を引き取って欲しいと申しでた。もちろん、園子は即答で承諾した。  そうして雪史は、ひとりでここに戻ってきたのだった。 「この家を、自分の家だと思ってね。これからも雪ちゃんのために、ずっと残しておくからね」  雪史が以前住んでいたのは、この祖母の家ではなく近くにある一軒家だったけれど、幼い頃は毎日のように遊びにきていた。  だから、ここは雪史にとっては懐かしさのつまった家だった。

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