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第20話
あれから何年もたって、本人も嫌がっているのに、まだそのあだ名で呼ばれているのかと懸念する。
けれど的野は冬次に苦笑しただけで、ソースを押しつけると、かるく流して終わらせた。
「冬ジジイ、飲んでんの?」
自分も好きじゃなかったあだ名で周りからつっこまれて、冬次が口をつぐんだ。それで話題はすぐにほかのことに移っていった。
けれども雪史はずっと、心臓がドキドキしたままだった。
「加佐井?」
名を呼ばれて、顔をあげる。的野がこっちいぶかしげにのぞきこんでいた。
「どした? 気分でもわるくなった?」
「い、いや。そんなことない」
否定するように首を振ると、的野の口元がやわらぐ。脇にあったメニュー表を手にとって、雪史の前に広げてきた。
「顔、赤いよ。アイスでも食って冷やせば」
「えっ?」
「ここ、アイスも色んなのあるから」
アイスに反応して、周りの女の子たちが私も私も、とメニューに群がってきた。
それで食事はデザートに移ってしまって、アイスを食べ終われば場はお開きとなった。
もしかして、と考えてしまう。
もしかして、的野は雪史を気づかって、はやく引きあげる段取りをつけるために、デザートを勧めてくれたんじゃないのかと。
店をでたところで、皆とたむろっている中でそんなことを想像してしまった。
「そんじゃあ、また。ヒマみつけて集まろうな」
手を挙げ、それぞれが自分の家へと足を向ける。
雪史も、商店街を抜けたところにある園子の家へ帰ろうとした。見たところ同じ方向に帰る人はいなさそうだった。
別れの挨拶をして一歩ふみだしたところに、背後の会話が聞こえてくる。
「あ、そうだ。俺、ちょっとこっちに用事があったんだった」
的野の声だった。
「ええ? こんな時間にどこいくん?」
亜佐実がきいている。
「事務所に、忘れ物あったんだった」
なに抜けたことしてるん、という呆れたぼやきが通りに響く。
自分の横に、誰かが来る気配があって顔を向ければ、的野がすました顔でひょこっと現れた。
「的野」
「おなじ方向。だから、一緒にいこ」
目をみはれば、ニッとえくぼを見せて笑ってくる。
暗がりの中でも、よく目立つ明るい笑顔だった。
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