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第23話 ドライブ
◇◇◇
四月に入り、雪史は大学通いが始まった。
入学式が終わり、今はオリエンテーションなどを経て、新しくできた友人たちと講義の選択を話しあっている最中だった。
大学へは電車とバスで通学している。昼すぎに家に戻れば、的野が働いている姿を時折、見ることができた。
的野は雪史の家にかかりきりという訳ではなかったから毎日は会えない。杉山家のリフォームはほとんど終わり、今は古くなった外構を取り壊して、新しく作り直しているところだった。
桜咲く街なみを、バスを降りてひとり歩いていく。時計を見れば、午後五時をすぎていた。
今日はサークルを見たいという友人に付き合ったから遅くなってしまった。
的野はもういないだろう。
雪史はサイドバッグをかけた肩を揺らして、薄紅の桜を見あげながら家へ向かった。
住宅街の一角に、ひときわ大きな桜の木がある。見覚えがある木だった。
大ぶりな枝が道路にまで張り出している。子供の頃、あの下をくぐって学校に通ったものだった。
――誘われるようにして、足を向けていた。
家々の並び、生垣や庭や、屋根の色。
記憶に押されて、少し目線の高くなった風景をたどるように進んでいけば、住宅街の奥に、ぽっかりとあいた空間を発見した。
前まで来て、立ち止まる。
昔の面影のこる両隣の家の間に、そこだけ切り取られたように空き地があった。
今は駐車場になっているらしい。車が二台とまっている。
懐かしさにこみあげるものがあって、雪史はひくりと喉を鳴らした。
夕闇せまる空き地には、雑草が所々のびている。
ぼんやりと、その空間を眺めまわした。
あそこには玄関があって、あそこは台所で、あっちは確か風呂場だった――。
自分の部屋は二階だった。屋根は茶色で、外壁はクリーム色の塗り壁だった。
母さんは赤い自転車にいつも乗っていた。
この地に戻って来てから、かつて自分が住んでいた家の跡を訪ねたのは初めてだった。
今までは、来たくてもなかなか決心がつかなくて、どうしても来られなかった。
雪史が住んでいた家は売られて取り壊されていると園子から聞いていたからだ。
子供時代の幸せがつまった空間は、跡形もなく消えている。
それをこの目で確かめるのはつらかった。
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