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第24話

 帰ることのできない過去は、いつまでもきれいで暖かくて色あせない。悲しみが時間と共にいろどりをそえてしまうから。  背をのばしはじめた雑草の上で遊ぶのは、小学生だった頃の自分。一番の心配事は、週末のヒーローアニメを忘れずに観ることができるかどうか。  そんな時代は遠くに過ぎ去ってしまった。    駐車場の前の道路に立って、ぼんやりと周囲を眺めていたら、うしろを車が通りすぎていった。  少し行った先でブレーキの音がする。  雪史はなんとなく、その車に目をやった。  車は軽トラで、横腹に『的野工務店』と記されている。見ていたら、助手席から見知った姿が降りてきて、運転席に挨拶をした。  トラックはそのまま走り去ってしまった。  作業着姿の的野が、こちらを認めて、早足で駆けてくる。  雪史は夢でも見ているような心持ちで、ぼうっとその姿を見守った。 「や」  短く挨拶をして、隣に立つ。仕事帰りだったらしい。雪史を見かけて、わざわざ降ろしてもらったようだった。  雪史が見ていた場所に目をやると、「ああ」と納得がいったように呟く。  ポケットに手をつっこむと寒そうに両肩をよせた。 「ここ、三年前に更地になったんよ」 「うん。ばあちゃんに聞いた」  同じように目の前の光景を眺めながら、ぼそりと答えた。  生まれてから、十三歳になるまで、雪史はこの場所で暮らしていた。  的野も小学生の時に遊びに来たことがある。その時は存命だった母がお菓子やジュースを出してくれて、雪史の部屋や、庭で一緒に遊んだものだった。  母が死んで、父は三ヵ月後に再婚した。  早すぎる再婚は、近所に多くの憶測を呼んだ。亡くなる前から次の結婚準備をしていたとか、不倫していたのではないかとか。  噂から逃げるように、父は神戸に引っ越しを決めた。 「庭に……」 「うん?」 「庭に、大きな柿の木があって」 「うん」 「渋柿だから、母さんとばあちゃんが、毎年干してた」 「ああ」  的野も一緒にその柿を食べたはずだった。その木も今はもうない。  父が家を売ってしまったのは、ここでの生活を忘れるためだったのだろう。  近所でささやかれた噂が本当のことだと知ったのは、神戸に移ってしばらくしてからのことだった。

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