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第26話
「ちょっとここで待ってて。きがえてくる」
玄関先で言われて、そこで待っていると、洗濯かごをかかえた的野の母親がでてきた。
「あら……? いらっしゃい?」
首をかしげて、どちら様? というような表情をされる。
華奢で優しそうな、静かな雰囲気は昔と変わっていない。
そういえば、的野には父親はいなくて、小学校の頃から母親とふたり暮らしのはずだった。
「的野くんと出かける約束してて。待ってるんです」
「やだ、あの子ったら、こんなところで待たせて。寒いでしょ。あがって中で待ってて。すぐにお茶でもだしますから」
客用なのか、派手な花柄のスリッパをだしてきて勧められた。
「いえ。すぐでるんで、ここで結構です。すいません」
頭をさげると、的野の母は、顔をあげてちょっとびっくりした表情をする。
「まあ……なんてお行儀のいい。でも寒いし、風邪でもひいたら大変」
過分なもてなしに困ってしまった。そこにきがえた的野がやってきて、助かったと心の中で呟く。
「ちょっと、でかけてくる」
スニーカーに足をつっこみつつ、母親にそう告げる。
「車?」
「うん」
「そう。なら、気をつけて。大事なお友達、乗せていくなら」
「わかってるよ」
的野は雪史の背中を押すようにして、玄関をでた。
母親は玄関をでて見送りに来ている。丁寧な人なんだなあと、雪史はもう一度頭をさげて挨拶をした。
家の前に屋根つきの駐車場があり、車が二台とまっていた。
そのうちの一台が的野の車らしい。乗って、と言われて助手席に乗りこんだ。
「自分の車、持ってるんだ」
キーをまわして、エンジンをかける相手に尋ねてみる。
「十八になってすぐに免許とったし。仕事で必要だからさ。この車は最近買ったばかりだけど」
手馴れた様子でハンドルをさばく的野は、自分よりずっと大人っぽく見えた。
女の子が彼氏に惚れ直すのって、こんな時なのかなと考えて、亜佐実の姿が脳裏に浮かんだ。
「……」
彼女もこの車に乗ったんだろうか。助手席に座って、ふたりでドライブして。
「二十分ぐらいでつくから」
言われて、はっと我にかえった。
「……どしたん?」
ぼんやりしていた雪史に、横目で心配そうに問いかけてくる。
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