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第28話

「そうそう。飛んでる魚」  的野が面白そうに笑う。  雪史が言った間違いに「ちげーよ。魚が飛ぶかよ」と否定などしなかった。  そういえば、と思いだす。  そういえば的野は昔からそうだった。誰かが言い間違いをしたり失敗したりしても、決して意地悪くあげ足をとったりはしなかった。  いつもこんなふうに、優しく受け止め、そうしてかるく流してくれる性格だった。  目の前の、整った顔がほころぶ。 「今度、一緒に食べに行こう、な」 「……うん」  頬が上気するのは、熱いラーメンのせいなのか。それとも誘ってもらえたせいなのか。  雪史は思わず瞳を伏せて、喜びすぎる表情を隠そうとした。 「ここんとこずっと、ラーメンの食べ歩きしてんだよな」 「へええ。いいね」 「うまいとこ、いくつも見つけてんだ。また一緒に行こ」  帰りの車の中でも、的野はそう誘いかけてきた。  ドライブがてら、隣県まで食べに行くと言われて、楽しそうだね、と賛成した。  フロントガラスに映る夜景を見ながら、ふと、亜佐実とは一緒にでかけないのかなと考えて、女の子相手なんだからラーメン屋より、もっと気のきいた場所に行くのかもしれないと、ひとり納得した。  ラーメン屋めぐりとか、恋人とのデートにはあんまりオシャレな感じがしないし。  ラーメン屋限定でも、的野とでかけられるのだったら、こんなに嬉しいことはない。男友達の特権だ。  行きと同じく、帰りの車内でも的野は雪史のことを色々とたずねてきた。  それは主に、神戸での生活についてだった。  的野はよく喋るほうだし、冗談もうまい。けれど、自分のことについてはほとんど話題にせず、雪史のことばかり聞いてきた。    質問されるがまま答えているうちに、的野はもしかして、神戸でどんな風に暮らしていたのか、気にかけてくれているんじゃないかという気がしてきた。  的野の知らない、雪史の遠い地での生活。  さっき空き地になってしまった昔の家の前で、泣きそうになっていたから心配されたのかな、と考えた。  的野の口調は明るい。はっきりと、同情や案じる台詞を口にするわけではないけれど、言葉の端々に、思いやりが見てとれる。

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