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第32話 夜桜

◇◇◇  今年の桜は、咲きはじめるのが遅かった。  それも四月の二週に入れば、はらはらと花びらをこぼし始める。  園子の家のリフォームは完了し、枠組みだけは昔のまま、外壁も屋根も、外構も新築のようにきれいになった。  工事が終わってしまったから、的野はもう家には来ない。大学から早く帰る理由もなくなってしまった。  メッセージは変わらず届くし、夜や週末にでかけたりはするけれど、雪史はそれがだんだん辛くなり始めていた。  的野と距離を取ろう。  会うのを減らして、そうして友人としての、適度な付きあいをするようにしよう。でないと、一緒にいるのが苦しくなる。  的野の優しさを勘違いしてはいけない。彼は、故郷に戻ってきた少し不幸な友人をいたわってくれているだけなんだから。  大学での交友関係を積極的にこなして気をまぎらわそうと、雪史は新しくできた友達とのコンパにも参加するようにした。  それが楽しいかと聞かれたら、的野とでかけるほうがずっと楽しかったけれど、今までとは違う世界に飛びこんで、視野を広げようと躍起になった。  的野には的野の生活があって、恋人がいる。だから自分も違う楽しみをみつけなければ。  クラスの新歓コンパを終えたある夜、雪史は十一時近くに最寄り駅に降り立った。  最終バスはもうでてしまっている。雪史は仕方なく、家まで歩いて帰ることにした。  徒歩だと一時間ちかくかかってしまうけれど、園子には遅くなると連絡してあるし、合鍵も持っている。  タクシー代は仕送りの身には惜しくて、春先のまだ寒い夜風をうけながら街燈がぽつりぽつりと灯る暗い歩道に踏みだした。  人通りは全くない。けれど寂しさも、突き抜ける夜空を見ていたら、むしろすがすがしく感じられるようになった。  星が雲のあいまからこぼれている。小さく瞬く姿はきれいだった。  十分ぐらいのんびりと歩いていたら、ポケットの中のスマホが震えた。  誰からかと見てみたら、的野がグループメッセージで話しかけてきていた。 『今、どこ? 家?』  何かあったのかと、すぐに返事を打ちこんだ。 『駅から家まで歩いてる途中』 『外にいるんだ?』  数秒おかずにレスがくる。

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