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第34話
川むこうに目をやる的野の瞳に、街灯りが反射している。寒い夜だったから、しゃべるたびに口元が吐く息で白くけぶった。
ふたりきりでいることを、急に意識しはじめてしまう。的野を見つめていた雪史は、桜に視線を移した。
抑えた光に照らされて、桃色の花々が闇に浮かびあがっている。
川面に灯りが反射して、静かな川音と共に幻想的な空間が広がっていた。
「きれいだね」
「だろ?」
ちょっと自慢げに笑ってくる。
優しさだけがつまった笑みに、胸の奥がきゅっと痛くなった。
闇夜にぼんぼりのように連なる桜並木に目が奪われる。
的野が寒さにぶるりと身体を震わせた。見れば、薄手のブルゾン一枚しか引っかけていない。
あわてて家を出てきたんだろうか。明日も仕事なのに、風邪でも引いたらどうするんだろう。
雪史は、すこし考えて、首に巻いていたマフラーをずらした。
「的野、これ、半分、使わない?」
「え?」
「寒いやろ。そのままじゃ。マフラー、これ巻いたらすこしはあったかくなるし」
「……」
首元のマフラーを、半分外して差しだす。
的野は困った顔をした。それで、雪史はあせってしまった。
「お、男同士で、こんなん、恥ずかしいか……」
自分の言いだしたことが急におかしく感じられる。
「いや、そんなこと、ないけど。……いいの?」
「う、うん、いいよ」
的野は雪史に肩が触れあうところまで身をよせてきて、マフラーを手にとった。
「あったけー」
首にくるりと巻いて、にっと笑う。
「この時間なら、誰も通らないし。いいよね、これでも」
返事のかわりに、雪史の腕に、自分の腕をからませてきた。
「えっ」
「うん。こうすると、もっとあったけー」
「……」
「誰も見とらんやろ」
顔まで近づけてきたので、雪史はどうしていいのかわからず、上の空で「う、うん」とうなずいた。
ふたりでひっついて、まるで恋人同士のように桜の中にたたずむ。
心臓は鼓動を早め、呼吸するたび口の中に入る冷気のせいなのか緊張なのか、歯の根が震えた。
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