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第35話
「こんなきれいな所……、だったら彼女とこればいいのに」
浮つきはじめた気持ちを静めるために、わざと後ろ向きな発言をする。
亜佐実とはもう、来てしまっているのかもしれない。だから、恋人のその次に、友人の雪史にも見せてやりたくなったのかもしれない。
「彼女?」
いぶかしそうに的野が問い返してきた。
「亜佐実さん」
「……ああ」
的野は茶色い髪をふわりとかきあげた。
「亜佐実とは来てないよ」
「え?」
「ていうか、あいつ、彼女じゃねえし」
すこし口を尖らせて、不機嫌な調子で答えてくる。
「付き合ってるんじゃなかったの?」
「付き合ってないよ……。俺らが付き合ってるって、誰かが、ユキにそう言った?」
「いや……。そうじゃないのかな、って俺が思っただけ。ふたりを見てて」
「そか」
的野はうつむいて、足元の川面を見るようにした。
雪どけも終わり、水の嵩はそれほど高くはない。苔むした石の表面に穏やかな流れがよせては離れていた。
「……今までに、なんどか付き合ってほしいって、亜佐実には言われてて」
川の流れをぼんやりと見つめながら、的野はぽつりと告白した。
「俺は、それ、ぜんぶ断ってたんだけど」
「……」
言葉をはさめなくて、そっと隣に目を向ける。
的野はこちらを見ていなかった。
「それでも、一緒にいて、恋人みたいな振りをしていれば、そのうち好きになることができるかもしれないよ、って言われてさ」
どういうことかよくわからない。だから雪史はうまくうなずけなかった。
今まで自分は付き合った相手などいない。
恋人同士というものが、どうやってできあがっていくのか想像もつかなかった。
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