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第36話

「なんどか説得されてさ。俺も、そういうもんなんかなって、思い始めてさ。  恋人同士みたいにふるまっていれば、そのうち、あいつのことも好きになれるのかなあって。  普通の恋人ってのになれるのかなって。俺も他の奴らみたいにさ」  的野は自分の考えに沈みこむような表情を見せた。 「だから、恋人ごっこを続けていたんだよ」  口元が、ひきつれるように持ちあがる。ふっと息を吐くようにして、皮肉な笑いを見せた。 「……けど、やっぱりダメだったみたいだな」  マフラーに首元をうめる。うなだれて、小さくささやいた。 「俺って、いい加減だよな。ただ流されて、楽なほう探して」 「……」  そんな言い草は、的野らしくないと思えた。  自嘲するような言葉の響きが、的野自身をむしばんでいるように感じられる。  いつもは明るい彼が、どうしてそんな無為なことを続けているのか。 「……そんなことしたら、傷つけるだけなんじゃないの?」  意識なくこぼれた台詞は、決して的野を責めるためのものではなかった。  ただ、いたわりたいだけだった。それに的野の瞳が暗くよどむ。 「そうかもな。亜佐実を傷つけてるだけだよな。優しくしてる振りをして、ホントのところは残酷なことしてるよな」  ユキの言うとおりだと、大きく口端をゆがめた。 「違うよ。そんなことしたって、的野が傷つくだけだろ」  雪史の言葉に的野が振りむく。  目をみはるようにして、こちらを眺めてきた。 「亜佐実さんも傷つけてるけど、的野だって、同じように傷ついてるだろ」  的野の眼差しが、ふいに悲しみにゆるむ。 「ふたりして、無理なこと、なんでしてるんだよ。おれには、そういうの、よくわかんないけど……。  けど、好きじゃないのに付き合うふりは、やっぱよくないと、思うよ。付き合うんだったら、本当に好きな人とじゃないと……楽しくはないじゃないの?」 「……うん」  大きくうなずく。 「そうだよな。ユキの言うとおりだよな」 「……やめたほうがいいとおもう。そんな、お互い、つらいだけの恋人同士なんて」  ふたりの仲を裂こうとか、そういうことを考えているのでは決してなかった。

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