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第39話

 亜佐実が小走りに商店街を抜けていく。  その後ろを、たぶん気づかれないようにしているのだろう、冬次が距離をとって足早に歩いていく。  そうして、そのふたりを雪史が見失わないようにと、隠れながら追いかけた。  店が立ちならぶ通りを曲がって、住宅街へと入りこむ。  突然、道の向こうから女性の大きな声が響いてきた。喧嘩腰の、甲高い声音だった。 「どうして急に別れたいなんて言うの?」  亜佐実の声だった。雪史と冬次は反射的に立ちどまった。  冬次はその場に仁王立ちで、雪史は近くの植え込みの陰にそっと隠れた。  見つかってはいけない気がしたからだった。 「他に好きな子ができたからってどういうこと?」  亜佐実は手にスマホを握りしめている。きっと、仕事あがりにスマホを見て、着がえもせずに飛んできたんだろう。  彼女の前に、驚いた顔の的野がいた。ふたりがいるのは、的野の家の前だった。 「今まであたしら上手くいってたやん。なのに、何でそんな急にヘンなこと言いだすの? 好きな子って誰よ? 女の子なの? ――それとも男なの?」 「えっ?」  亜佐実の言葉に、的野が弾かれたように肩を跳ねさせた。  何でそんなことを言いだすのかと、驚愕に目を見ひらく。 「なに? 気づいてないと思ってた? けど、わかってんよ。的野のことはちゃんと。だって、あたしら昔からの付き合いやん」 「……」 「相手は男なの? 女なの?」  大声でつめよる亜佐実に、的野は茫然としたままで答えた。 「……言えん」  その瞬間、亜佐実が両手で顔を押さえて、わっと泣きだした。言えんってどういうことと、嗚咽まじりで責めだす。  通りで騒ぎ始めてしまった亜佐実を落ち着けようと、的野は肩を抱いて家の敷地内に誘導しようとした。  的野が亜佐実に手をそえたのを見て、冬次が怒りに震えた顔で走りよっていった。  拳を握りしめ、的野の頬を前触れもなくいきなり殴り飛ばす。 「てめえっ、ホモのくせに女泣かせてんじゃねえよっ」  鈍い音をたてて吹き飛ばされ、的野は数歩よろめいた。  亜佐実がそれを見て悲鳴をあげる。雪史は冬次をとめようと、あわてて生垣から走りでた。  けれど、踏みだした足はその場で凍りついた。  的野の家の、玄関戸が開いている。

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