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第41話
亜佐実が的野を振り返ると、的野はうつむいて道路を睨みつけていた。
それ以外の場所は見ることができないかのように、首元を慄かせ凝視していた。
「……的野」
亜佐実が、的野に手を伸ばしかけたとき、雪史は急いで走っていって、的野の腕をつかんだ。
「勝手なことばっかり言ってっ。おまえら、的野のことなんか、全然考えてないやろっ」
的野とふたりの間に立って、怒りにまかせて喚いてしまう。自分の声が、一番近所迷惑になることも忘れてしまっていた。
「自分らのことばっかりやないかっ。おまえらが言ったことが、どんだけ的野を傷つけるか、わかってない――」
後ろから、肩をつかまれた。揺さぶられて振り向けば、的野が顔をゆがめて立っていた。
「ユキ」
肩をにぎる手に、力がこもる。
「もう、いいよ」
「――」
雪史は言いすぎたと気がついて、言葉を途切れさせた。
的野は肩にかけていた手をゆるめると、腕に滑らせた。コートの上から手首をつかんで、自分の方に引きよせる。
「もういい。わかった。ありがと」
殴られた頬が赤くなっていた。口元には血がにじんでいる。
それを見たら、怒りは収まるどころかさらに激しくなった。眉間にきつく皺を刻んだ雪史に、けれど的野は優しく笑った。
亜佐実に向きなおり、静かに告げる。
「俺が悪かった。……ごめん、亜佐実」
亜佐実は泣きそうな顔のまま、首を横になんども振った。
自分が言ったことで、的野がどれほどショックを受けているのか、そのことだけは十分に分かっているといった表情だった。
的野は雪史の腕を強くつかみなおすと、冬次と亜佐実、そして玄関からこちらを見ていた母親に順番に視線を移した。
何か言いたげな、けれど、その言葉がみつからないと言った表情のまま、しばし立ち尽くす。
やがて無言で三人に背を向けると、雪史の手を引いて、その場から歩きだした。
後ろを振り返ることもせず、雪史だけを連れて通りをずんずんと進んでいく。
雪史はしかたなく、黙ってそれに従った。
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