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第42話 ふたりきりで
◇◇◇
五分ほどそうやって歩いていくと、的野は住宅街が途切れたところで突然立ち止まった。腕はつかんだままだ。
背中を向けたまま、大きく息をはいて肩を落とす。
ゆっくりと振り返ると、目をみはった。
「……なんで」
静かな声で問われて、雪史はあわてて上着の袖口で顔をぬぐった。
雪史は泣いていた。
「なんでユキが泣いとるん」
困ったように、苦く微笑む。
「だ、だって……」
さっきのふたりの会話が思いだされて、いきどおりでまたじわりと目頭が熱くなった。
「的野は謝る必要なんてなかったやろ。的野はなんにも悪くないのに、なのに……」
鼻をぐすりと言わせながら、濡れた声で説明する。
的野は雪史がコートの袖で顔をごしごしこするのを、じっと見つめていた。
思わしげな瞳で見おろしていたが、やがて、何かがふっきれたように、静かに笑った。
「……どっかいこうか」
「え?」
問い返して、的野の顔を見た。
「俺、車、取ってくるわ。それで、今からふたりで、どっかドライブにでも行かんか?」
「今から車……って、家に戻るの?」
家に戻れば、亜佐実も冬次もまだいるかもしれない。
「うん。ついでに、ふたりにもちゃんと話をしてくるわ」
「話を……」
「ん」
こくりと、真面目な表情でうなずく。
「だから、ユキ。ここで待っとってくれる?」
「……ここで?」
「話して、車とって、ここに戻ってくるから。どこにも行かんとここにおってくれんか」
「……う、うん」
よくわからないままに、それでも了承すれば、的野は走ってもと来た道を戻っていった。
その場に残された雪史は、ぼんやりとしながら、近くにあった公園の車止めにもたれかかった。
残っていた涙を手の甲でぬぐって、的野が消えた道路を眺めながら、さっきの出来事を思い返す。
冬次は、的野のことをホモだと罵るように言った。
そして、亜佐実も、その事実を知っているようだった。
あれは本当のことなんだろうか。雪史も知らなかったことを、あんな形で知らされて、的野はさぞショックだったろう。
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