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第43話

 雪史も驚いたが、だがそれよりも、今は怒りの方がずっと大きかった。  男しか好きになれないくせにと、冬次が言ったこと。  そして怒りにまかせて的野を殴ったこと。  冬次はやはり亜佐実のことが好きだったのだ。だから、的野のしていたことが許せなくてあんなことをした。  冬次とコンビニで再会した時、彼は的野のことを意味ありげに揶揄した。  『あいつ、ちょっと変わったやろ。よう見ときや――』と。  嫌な言い方だった。的野は友達なのに、あんな陰口めいたことを告げてきて。雪史は冬次が許せなかった。  亜佐実に対しても、同様に怒りはあった。彼女だって、的野がそうだと知っていて、まるで弱みを握るようにして、付き合うことを強制したのだから。  ふたりは勝手だ。的野のことなんて、これっぽっちも考えていない。  的野に対する愛情があるからこそ、雪史は腹の底が熱くなるようないきどおりを覚えた。  夕暮れ時の冷たい風が、落ち着け、というように雪史の髪をなでていく。  顔をあげれば、桜はほとんど散って、艶やかな緑の葉が伸び始めていた。  ――的野に逢いたくて、もう一度だけ、逢って、話をしたくて。  笑顔を間近で見てみたくて。  親に無理を言ってここに戻してもらった。  父親が不倫していたと知ったときも、こんなに怒ったりはしなかった。  継母とうまくいかないときも、両親が妹ばかりに手をかけても、怒りはしなかった。  ただ、他人事のようにあきらめの心境で日々を淡々とすごしてきた。  なのに、なんで、今、的野のことになると、こんなにも許しがたい気持ちになるんだろう。  的野を傷つけようとする全ての人間が、敵のように見えた。父だって継母にだって、こんな感情は持ったことなかったのに。  雪史が静かな怒りにとらわれている間に、いつのまにか時間はすぎていたらしい。しばらくして的野が車で戻ってきた。  雪史の前に車をとめると、乗って、というように運転席から手招きする。雪史は黙って車に乗りこんだ。 「話し合いは?」 「終わったよ」  心配そうな顔をしていたのだろう。的野は安心させるように微笑んできた。 「大丈夫。ちゃんと終わったから」  けれどそれ以上の言葉はなかった。だから、雪史も今は聞かないことにした。

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