44 / 66
第44話
行き先は決めてあるのか、的野は迷いなく運転しはじめる。
助手席に収まった雪史は、車の暖房の音だけを聞いていた。
自分から、これ以上さっきのことを話題に持ちだすのはためらわれる。だから、的野が再び口を開くのをじっと待った。
やがて車は郊外にでて、山の方へと向かいはじめた。スキー場やゴルフ場がある地元の人間にはなじみ深い山だった。
山腹の途中に見晴台があって、そこの駐車場に的野は車を乗り入れた。スキーシーズンも終わり、観光時期でもない平日は人っ子ひとりいない寂しい場所だった。
車から降りるのかと思ったらそうではないらしく、サイドブレーキだけを引いてエンジンはかけっぱなしにした。暖房を切らせないようにするためらしい。
フロントガラスの向こうには、自分たちが住む街なみが広がっている。車でここに来たことはなかった。
闇がおりはじめる風景を見ていたら、やがてぽつりと、的野がこぼした。
「……ユキにバレちゃったな」
「え?」
問い返してから、ああ、そのことかと思い至る。
バレたからといって、雪史は驚いたけれどそれ以上のことは感じたりしなかった。自分だって、的野のことがそういう意味で好きだったのだし。
自分の気持ちを伝えたいな、と雪史はそのとき初めて感じた。
雪史も的野が同性だと分かっていて好きになった。そのことを、ずっと隠し通すつもりでいたけれど、知って欲しくなった。
「……あいつらも、知っていたんだな。俺がそうだってこと。……一度だって、俺の方から言ったことはなかったのに」
「……」
「けど、多分、知ってるんだろうなってことはわかってた。皆の言葉の端々や、会話の雰囲気から。ああ、もう、皆にバレてるんだろうなって、さ」
口元をゆがめて笑う。
ハンドルに手をおいたまま、眼下に広がる故郷を見おろしながら、いつものえくぼを刻んだ。
的野が笑えば浮かぶその印は、今は過去につけた傷のように痛ましく見えた。
「それでも、俺の方からみんなに、知ってるんか、ってきくことはできんかった。……怖くて」
声がかすれた。
ともだちにシェアしよう!