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第45話
的野の抱えている痛みが自分の中にも流れこんでくる気がする。
隠さなければならない同じ痛みは雪史の中にもあったから、同調して雪史も胸が苦しくなった。
「ずっと、怖かったのかもしれん。……ひとりで。誰にも言えんで」
そう告げると、的野はハンドルに突っ伏した。
指先が震えている。雪史はいたたまれなくなって、瞳を伏せた。
「母さんが、こっち、見てただろ?」
「えっ?」
いきなり母親のことをふられて、雪史は運転席を振り返った。
彼女が見ていたことに的野も気づいていたんだろう。去り際には、母親の方にも目をやっていたから。
「別に、もう見られててもかまわないけど。……母さんも多分、知ってるだろうし」
「そ、そうなの……?」
「うん」
的野は目をあげて、フロントガラスをぼんやり見つめた。
すこしだけ言いよどむようにしてから、また口を開く。
「俺さあ、ガキのころさ。……自分の名前、すげえ嫌いだったの」
「……うん」
「好樹って名前。女の子、って字が入ってるやんか。俺、小六のころに、自分が、そう、なんじゃないかって感づき始めてさ。
で、自分がこんなんなのは、もしかして名前のせいなんじゃないかって、アホな頭でそう思いこんでた時期があったんだよ」
雪史は、小学時代の自分たちのことを思いだした。
確かに、的野は『ジョシ樹』とからかわれるたびに、やっきになって相手を伸しにかかっていた。
的野が荒れ始めたのは、あの頃からだったかもしれない。
「母親に、何回も改名してくれって怒って暴れてさ。けど、そんなに簡単に改名なんてできるわけないやん。理由だって、本当のことは言えなかったし。
それで、俺は自分のことがだんだん嫌いになってって、もうこんな野郎はどうなってもいいって、好き勝手やるようになってったんだよ」
ハンドルにもたれかかるようにして、独り言のように話を続ける。雪史は黙ってそれを聞いた。
「中学の頃は、金髪にして、夜中に徘徊しちゃあ喧嘩してさわいで、補導されて。アホガキが思いつく悪いことは全てやりとおしたな。
ユキは転校した後だったから、知らないだろうけど」
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