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第46話
雪史は、返事ができなくてうつむいた。
的野こそ知らないだろうけど、雪史はそういう時代の的野もよく知っている。ネットでずっと追いかけ続けていたからだ。
「高校、入ってさあ。まだ遊びほうけてたらさ。母親が知らんまに、俺の改名のための手続きに奔走していたのさ。
家庭裁判所行ったり、弁護士のとこ相談に行ったりしててさ。うち金ないのに、そんなんに使おうとして。それ知って、やっと自分がホントに馬鹿なんだって気がついた」
こちらを見ないで、口を尖らせて怒ったような表情をする。
「名前なんか変えたって、俺の本質の部分は変わるわけないって。そういうことが、やっとわかるようになったのさ」
ふっと寂しげに、瞳を曇らせた。
「それでもう、馬鹿なことはやめた。名前のせいにしたり、人に当たったりするのはやめて、自分の責任は、ちゃんと自分で背負わんとあかんだろうって、母さんのことも、心配させたらあかん、って。覚悟決めたんだ」
「……うん」
雪史の知らない五年の間に、的野の中でどんな葛藤があったのか。
SNSの笑顔の写真からは、そんなことは微塵も感じられなかった。あの笑い顔の裏側には、的野の悩みや苦しみがいつもあったのだ。
誰にも知られたくない自分の性癖を、いつのまにか周囲の人たちに気づかれていた。
冬次が的野に『ホモのくせに』とさげすんだことや、雪史にこっそり『あいつかわったやろ』と含みを持たせるような言い方をしたことからも、彼らが本人のいないところでどんな風に的野のことを揶揄していたのかもたやすく想像できる。
それはまるで、心の一部を裸にさせられて、皆の前を歩かされているようなものだったろう。そんな環境の中で、的野はずっと、暮らしてきていたのだ。
「――けどやっぱ、俺は弱いんだよ。自分の嫌いな部分が認められなくて、受け入れられんで。知られるのが、怖くって。それで、隠そうとして亜佐実や冬次にも嫌な思いさせて。……ユキにだって、普通に友達面して……近づいて」
「……え?」
雪史は顔をあげた。
「俺がこんな奴だってわかって、もう会いたくないって思うなら、もう会わないから」
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