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第61話 最終話

 雪史は身をのりだして、傷をさけてそっと唇を近づけた。  早朝の誰もいない庭に、細い鋼のような朝日が射してきている。キスをしている間に、光はゆっくりと拡がりはじめた。  雪史が唇を離すと、的野は嬉しそうな、けれどなんだか憂いも含む表情をする。 「俺が腹をたてる暇もなく、ユキが全部それを持ってってくれたやろ」 「……」  的野は、雪史がまだ気に病んでいることを心配してくれているのだった。 「代わりに怒ってくれたユキの中で、俺の怒りは溶けてなくなってったんだと思う」  的野の手のひらが、雪史の頬にふれてきた。 「俺が冷静に、ぜんぶ受け入れられるようになったんは、そういう、ユキの愛情があったから」  今度は、的野の方から唇にふれてくる。優しく、雪史の心をなだめるように。  差しだされた舌先を、やんわりと吸ってみた。的野の寂しさを全部、吸い取ってやりたくて。  ずっと離さないでいたら、キスしたまま的野が笑ってきた。雪史もつられて笑ってしまう。  ふたりで何度も啄ばむようにふれあって、互いの心の傷を癒しあった。  的野には的野の孤独やつらさがあって、自分にも同じように、寂しさや悲しみがある。  けれどお互いにその痛みを辿るようにこうやって、キスをして、相手の傷を自分の中にとりこんで、溶かして思いやりに変えていけば、自分らはこれからもお互いを想いあって生きていけるんじゃないか。  少し足りない幸せを、補いながら、過ごしていけるんじゃないだろうか。  そんな気がする。  明るいオレンジ色の朝日が庭におりてきていた。  的野の後ろから、輪郭を浮きあがらせるように光を放っている。  的野が、幸せそうな微笑をみせる。  雪史も、目を細めて、それに応えた。                             ――終――

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