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第4話

「賢…」  テーブルや座敷が賑やかな中、賢と太の二人掛けテーブルだけが、いやに静かになる。 「俺はもっと、相撲を取りたかった…。お前のちゃんこを、もっと食べたかった…。お前とぶつかり稽古が…したかったんだ」  太はどう答えていいかわからない。賢の紫色の締め込みが羨ましかった。賢の付け人をしたこともあったが、弟弟子の付け人をすることもある。年齢は関係なく弟子入りした順番に兄、弟弟子の順序はあるが、番付は別だ。一回り以上も年下の弟弟子の付け人――プライドが傷つき、何度も引退したいと思ったことはあった。 「店長~! 厨房お願いしまーす!」  厨房から、男性店員が叫ぶ。 「ああ、すまん。悪いな、賢。後でまた」  太の下駄が、カラコロと遠ざかる。  鍋を食べ終えた賢は会計を済ませると、“ごっつぁんです”と厨房に向かってつぶやき、店の外に出た。  閉店後、店員が帰った後でゴミ出しをした太は、首にかけたタオルで首元の汗をぬぐう。店内でバタバタと動いているときは暑いが、さすがに秋の夜風は寒い。ブルッと身震いを一つすると、“あいつめ、黙って帰りやがって”とつぶやき、下駄を鳴らして裏口から入ろうとした。 「太! 俺と勝負しろ!」  振り返ると、賢が立っていた。ジャケットを脱ぎ、店の立て看板に引っかける。 「おう! 望むところだ!」  太もエプロンを外して下駄を脱ぎ、地面に拳をつける。賢も同じく正面で仕切りをした。  こうして旧知の仲間と仕切りをすると、地面がアスファルトではなく土に思えてしまう。直径十五尺の周囲が、俵で囲まれているような錯覚まで起きる。  二人は呼吸を合わせ、立ち上がった。がっぷり四つに組む。右四ツが得意な賢――鷹羽島と、左四ツが得意な太――桜海。  喧嘩四つだが、鷹羽島の右手は、下から桜海の左のベルトをつかんでいる。 「俺の得意な形になったな」 「バーカ、わざとだよ」  桜海が胸を合わせて引きつけ、左手で鷹羽島の右腕を押さえて“おっつけ”る。桜海は張りや押しに弱い。こうして組むと、本来の力が出る。  桜海の右上手が、グイッと持ち上がる。投げられまいと、鷹羽島は踏ん張る。 「ふぅ…、ま、賢…、お前、白髪があるな」 「くっ…、太こそっ…はあ…、頭のてっぺんが…少し」 “薄いぞ”と言おうとしたが、今度は右肘が桜海の上手――左腕でガッシリと封じられた。相手の肘をロックすることで、投げなどの技を封じる“()め”だ。鷹羽島の得意の右腕を封じるため、桜海はわざと右を差させた。

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