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第5話
二人とも息が上がっている。
「賢…お、お前っ…筋肉…落ちたんじゃ…」
「ふ、太も…肩幅…狭くなった…ぞ」
やはり長年のブランクか、鷹羽島は一瞬、力を抜いてしまった。
その瞬間、桜海は鷹羽島の上腕を左腕でとらえた。そのまま、投げに転じる。鷹羽島の大きな体がぐるっと回転する。あっという間に、鷹羽島は土俵に沈んだ。
小手投げで、桜海の勝ち。
賢は地面に座りこんだ。背中を汗が伝う。
「ちくしょっ…! やっぱ、二十三年って長いな」
太も向かい合って、地面にあぐらをかいた。
「当たり前だ。俺はお前のいない十七年…、どれだけ長くつらい思いをしたか…」
「太…」
太は背中を丸め、手を組んでうなだれた。
「俺はな…横綱鷹羽島の土俵入りで、太刀持ちをしたかったんだ。お前は引退しちまうし、俺も幕内に上がれなかったから、幻に終わったけどな…」
柝 の音 が鳴り響く中、行司が先導し、次に露払いの力士が続き、その後ろには真っ白な綱を締め、大銀杏を結った鷹羽島が、観客の歓声を浴びて花道を歩く。最後尾に、太刀を持って同じく大銀杏を結った桜海。入門してから二年半、太が夢見ていた図だった。
「お前の背中は俺が守る。ずっと好きだった、お前の背中を」
組んだ手に力を入れようとしたが、震えてしまう。
「今さらで悪いな、俺はお前が好きだった…。だからいまだに独身で」
ハハッと力なく笑い、太は立ち上がった。
「気持ち悪い話でごめんな。聞き流してくれ。許してくれるなら、またちゃんこ食いに来てくれ。吉四六、仕入れとくから」
裏口のドアを開ける手が、力強く引っ張られた。太が見上げると、切羽詰まった賢の額から、汗がにじんでいた。
「待て! 今のは立ち合い不成立だ」
「何だよ、今の勝負に物言いか?」
「そっちじゃない! お前が…俺を好きだって話だ!」
太は目を見開いた。言葉が出ない。
「俺だって…太が好きだ。つらい稽古も、お前がいるから楽しかった。だからドクターストップがかかったとき、俺は…泣きながら医者に土下座したんだ。相撲を続けさせてくれって」
“歩けなくなるまでに、あと何年か相撲が取れますか”
そんな馬鹿な質問をして、医師や付き添っていた師匠に怒られた。
賢の手が震えている。その震えは、痛いほど太に伝わる。
「俺が相撲を続けたかったのは、いつか本場所で、優勝決定戦で太と戦うためだったんだ!」
十五日間の本割では、同部屋の力士同士の取り組みは無い。だが、異例はある。勝ち星同数で優勝者を決めるときは、千秋楽に優勝決定戦として対決する。
「ほんとはそれを…太を好きだって言いに来たんだけど…。クソッ、勇み足して先に言いやがって」
イケメン俳優なのに、浮いた話ひとつ無い賢の心には、ずっと太がいた。
今度は賢の腕がつかまれた。
「来いよ、もう一番だ!」
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