11 / 13
第11話
師走も半ばになろうかという頃――。
柴はカレンダーに毎日バツ印を付けていた。ずっと日付をバツで消していたが、今日の日付には赤いマル印が既に付いている。
「今日は十二月十二日……行くか」
何かを決心したように頷いて柴は家を出た。
今日は休みを貰った。さくらちゃんが退院した日に有給休暇を申し出ていた。
向かう先は隣の市にあるブライダルブーケ専門の店だ。電車とタクシーを使って片道約一時間かかる店だった。
午前十時の開店時間丁度に到着した柴はウエディングドレスと純白のブーケが飾られた店に入った。
「いらっしゃいませ」
「あ、予約してある柴だけど」
「柴様、ご来店ありがとうございます。素敵なバラのブーケ、ご用意できております」
柴はバラのブーケを注文してあった。
「柴様はお花を注文されるのは慣れていらっしゃる?」
「え?」
「いえ、こちらからお聞きする前に、花の種類や色、本数まで指定して注文される男性は珍しいもので」
出迎えてくれたのは電話注文した際に受け付けてくれた店員らしかった。
「まぁ、何というか、その……」
「花を贈ることに慣れた男性って素敵ですよ」
店員に褒められ、何と返すべきか迷った柴だったが笑顔を作るだけで何も言わなかった。
支払いは既に済ませてあるので今日はブーケを確認して受け取るだけだ。差し出されたブーケを受け取った柴は満足そうに頷いた。
「ご注文の十二本のバラ『ダズンローズ』です。一本一本に、永遠、真実、栄光、感謝、努力、情熱、希望、尊敬、幸福、信頼、誠実、愛情という想いを込めて贈るバラの花束……。今日が貴方とこれを贈られる方にとって最高の日となりますように」
「あぁ。ありがとう」
柴は誓いの花束が入った紙袋を受け取ると店を出た。
向かう先は病院前にある花屋だ。渡す相手は勿論、店長:千条 志貴だ。
「花屋の店長に花を贈るなんて変かもしれねぇが……でも俺はこれで勝負する」
柴は花に関して知識が無い。医師としてもまだ一人前とは言い難い。だが、想いを伝えるには全力でぶつかる以外、方法は無いと思った。負けるかもしれないが、とにかく相手の土俵に上がって正面からぶつかろう。柴はそう決意していた。
「誕生日にバラの花束で告白する。素人考え、ありきたり、ダメ元だけど、俺にできることはこれだけだ」
柴の決意は固かった。もう逃げない。真っ直ぐ花屋を目指した。
新城北総合病院の隣にある小さな花屋、フラワーショップSHIKIが見えた。タクシーを降り、いよいよだ、と思った矢先、ポケットの中の携帯電話が鳴った。
「な、なんだよ!」
出るかどうか迷ったが無視することに決めた。
電話はしつこく鳴り続けた。ようやく切れた、と思ってもまた直ぐに鳴り始めた。そして矢張り長く鳴り続けた。病院からの着信だった。
「……今はダメなんだよ」
そう呟いて切れるのを待った。しかし、携帯電話はまた鳴った。有給休暇中の医師を呼び出すとはよほどの緊急事態なのだろう。
「あぁ! もう!」
無視してしまえばいいのだが、柴は電話に出た。相手は小児科の局長だった。
「やっと出た! 柴君! 申し訳ないが救命を手伝ってくれ! 隣町で化学工場の爆発事故があって緊急の応援要請が来た。詳細は不明だが三度熱傷患者が少なくとも二十人は居るらしい。こっちに何人運ばれてくるか解らないが、とにかく、手が足りないんだ! 君は救命の経験があるだろう! 頼む! 今すぐ救命に行ってくれ! 既に救急車二台とドクターヘリがこっちへ向かっている!」
切羽詰った声だった。
病院の方を見遣ると警備員や看護師達が慌ただしく外を走り回っているのが見えた。救急車が複数入って来た時のスペースを確保する為に規制エリアを作っているのだ。
「……ったく!」
柴は唇を暫く噛んでいたが意を決して駆け出した。
紙袋を掴んだまま公園を突っ切り、最短距離で病院に向かう。
「こんな日に限って! グズグズいじけてた代償かよ!」
医師控室に駆け込んだ柴は白衣を引っ掴み、本館一階の救命救急センターへ駆け込んだ。
「小児科の柴だ! 応援に来た! 救命には五年居た! 指示してくれ!」
慌ただしく動く医師や看護師に混ざり、柴は医師の顔になった。
死と隣り合わせの救命救急センターにドクターヘリ到着の一報が入った。
その場が一瞬にして修羅場と化した。
怒号のような遣り取りが飛び交う。
更に追い打ちを掛けるような三次患者受け入れ要請の電話と救急車のサイレン音――。
柴は時間も忘れて治療に専念した。
ともだちにシェアしよう!