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第8話
「ただの勘違いだろ? 謝ってヨリ戻せ」
「俺はそうしたいですよ。ただ電話拒否られてまして」
「誠意見せりゃ、そのうち向こうから連絡くるよ」
「あー、でもねー」
プライベートでそこまで他人の機嫌を取ることに疑問がある。金をもらえるわけでなし。
「他の女探した方が、手っ取り早いっつーか」
「そこだよな、おまえの問題は」
タクシーの窓から中之島のホテルを見上げ、一先ず彼女は置いておいて、猿崎は気を引き締めた。
「この部分なんだけど」
「什器のほう?」
「そう、コンセプトはこのままで、色と」
ホテルのラウンジで、タブレットとパンフレット、書類を散らかしながら話を詰める二人をフォローした。栄子のインスピレーションの邪魔をせず、集中できる環境を維持するのも猿崎の仕事だ。同時に巻田の契約を膨らませる切り口を学ぶ。
「じゃあここまでで、また夜にね」
「はい、また。今日はいい話が出来てよかった」
「こっちこそ、マキくんが来てくれると助かるわ」
細かな面倒な話を、巻田は進んで栄子に振った。イメージと予算の兼ね合いで変化して行くデザインを見るのはけっこう楽しい。
「お疲れさん」
「メシどうします? ここで食っちゃいます?」
「いや……ちょっと部屋戻って寝るわ。目が痛くてダメだ」
「じゃあコンビニ行ってなんか買ってきますよ。目薬は?」
「ある」
巻田を部屋に送り、鍵を貰って買い出しを済ませた。三十分と経たず戻った部屋では、ワイシャツとスラックスのボタンを外した大の字の巻田が、ベッドでイビキを掻いていた。それを横目に腹を満たし、残りをテーブルに供えて猿崎も仮眠をとった。目覚めた時にはすでに夕暮れで、先に起きていた巻田に挨拶して顔を洗い、残りのお握りで気合を入れ、夜の栄子に備えた。
「猿くんはほおんと、イケメンよね〜〜」
「俺こっちです、栄子さん」
相変わらず下半身だ。しかし猿崎の意識は頭にあった。
「なんか今日は男前じゃない? マキくんなんか吹き込んだでしょ〜〜」
「いやいや、なにも」
「ズルいんだからも〜〜」
右に左にしなだれ掛かる、振り子のように元気な六十代女傑を受け止めて愛想を振りまき、理性を保って時間を計った。
「もうダメですよ、栄子さん、ちゃんと帰らないと」
「え〜〜」
「次も呼んでくださいよ、俺、栄子さんの店の完成は楽しみなんですから、体壊さないようにサポートさせてください」
「え〜〜、やだわあ、なにぃ?」
肩を寄せて笑いかけると、栄子は化粧の崩れた頬を抑え、大人しくなった。
股間を握られたまま説得を試みる猿崎の向こうで、巻田はグラス片手に笑いをこらえている。
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