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第3話
「随分楽しそうなことしてるねぇ」
のんびりにこやかに笑うアキくんは、笑っているけれど冷ややかな視線を投げていて僕は思わず彼の横顔をまじまじと見つめた。
「ご友人ですか?」
常務もそれなりの年齢でこの程度のことでは物怖じしない。
でも、今日のマキくんは僕が見てきたこれ迄の彼の仕事用ファッションの中でも群を抜いている。
口を半開きで間抜けな顔のまま、ぽかんとしている僕は完全に置いていかれていた。
「え、と」
「オトモダチだけど何か」
(げ、)
「随分お若いご友人ですねえ」
腕を組み、顎を上げて威圧感がハンパない常務の視線も僕を通り越して彼へと注がれている。
「あの、」
「それはどうもー」
僕が口を挟む余地は無く、アキくんも負けじと下から眉を潜めながら睨みつけるから!怖いって!!
「こんな時間まで出歩いていたら御家族も心配するでしょう?」
あ、やっぱりそう思うよね。
「俺、一人暮らしなんでぇ」
「補導されちゃうよ」
だよね、多分今夜だけでも数回は職質受けて免許証を見せていると思います。
「大丈夫っす、ケンジさんに送ってもらいます、ねー?ケンジさん?」
突然振られて完全に動揺した。
「え、あ、うん!そ…だね!!送るよ!!近所だし!!!今日はありがとうございましたっ!お気を付けて!!」
いつまでもじっと見つめ合うマキくんと常務にハラハラさせられる!
「行こっ……か、アキくん」
返事無く微動だにしない彼に気持ちが焦る。
「アキくん?!」
もういいから早くタクシーに押し込んで立ち去りたい!!
なんとか彼の腕を引っ張って会釈をすれば、にこやかに片手を挙げられた。
あの男、侮れない。
※
「ねえケンジさん」
「……はい」
いつもより低いトーンで話すアキくんの声だけが響く静かな車内はめちゃくちゃ気まずい。
「あのジジイ誰」
「取引先の常務……です」
窓枠に肘を乗せて外を見るアキくんは、大きく溜息をついた。
「……調子乗ってんなあ」
いやいやいや!!
え?!アナタ誰ですか!!
「あのぉ、アキくん……?」
「こんなカッコじゃなけりゃ、ボッコボコにしてたな」
太いシルバーリングをつけた人差し指を唇に当て歯を立てる彼に、僕は目を丸くした。
「…………怖ぇよ」
本当、お前誰なんだよ!!
「殺っとけば良かったかな」
「!!!」
いつもニコニコして優しいオーラ全開の君はどこに行っちゃったの?!
とか思っていれば。
「なーんてね~~~っ」
ワントーン上げた声で、いつもの彼が振り向いた。
「え」
「俺、喧嘩嫌いなの。争い事なんかしたくねえの。逃げるが勝ち」
「はあ」
「でも、ちょっと腹立ったから牽制しよっかなあと思ったんだけど」
あんまり上手くいかなかったね、とふにゃっと顔が緩んで笑いかけられた。
良かった。
アキくんはそっちの方が似合ってる。
「ていうかさ、その服装何?」
着崩したブレザーにネクタイ、シャツの間からはその服装の割には高価そうなシルバーのネックレスがキラリと光っている。前髪を捻ってピンで止めていて、いつもは隠れ気味の狭いおでこが可愛い。
一言で言えば、高校生。
それもやんちゃでモテそうな男子高校生。
な、コスプレ感がすっごい。
「どう?コレどう??イケてる??」
んー……まあ、僕はアキくんの年齢知ってるからアレだけど。見えなくもないよね、高校生でも大人っぽい子はいると思うし。
(その前に言い方がもう平成生まれ感ゼロ)
「えー何?どーなの??」
ぷく、と頬を膨らませてわざとらしく拗ねてみせるコイツはこう見えてもアラフォーなんです。
来年40歳なんです、これでも。
(で、僕んちのお隣さんで、恋人なんです)
思わず小さく笑うと、「激おこ!」と言いながら益々プリプリ怒るから。
「似合う……、似合う、よ、うん」
なんとか口元を隠しながら笑うのを我慢する。
「うわ、ナニソレ!無理矢理言ってるだろ!!」
「ふ、ははっ、やっば!!」
やっぱり我慢出来ねえわ。
ヒーヒー言いながら爆笑する明け方のタクシーの中。体力的にも精神的にも疲労困憊だっていうのに、不思議と全然眠くない。
「笑いすぎ」
本気で拗ね始めたアキくんには悪いと思いながらも止めることは出来なくて。
ごめんね、アキくん。
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