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第2話
トキメキを堪えて設営を終えた。
フェアの準備まで手伝ってくれた背の高い中年男性は、福田 と名乗った。
「福田さんはいいですよ、すげえかっこいいですもん」
「そうでもないよ」
立ち去る背中に縋りつき、お礼をとかお詫びをとか理由をつけ、近くの個室居酒屋に引き込んだ。木野にとって福田は初めてのゲイバレの相手だ。どうにかして親しくなろうと画策し、向かい合う優しげな顔にドギマギし、木野はビール二杯で盛大に酔っ払った。
「なんで酔わないんですかあ!」
「ごめん、ザルなんだ」
「ずるいっすよ」
羨ましい。背も高いし、なんか爽やか。
勝手にイジけた貧相な男に、年寄りだよ、と笑うダンディな福田は、今年で四七歳になるといって木野を驚かせた。しかしよくよく見れば、納得の年齢と落ち着きで、すっきりと嫌味のない福田の振る舞いのスマートさに憧れた。
ゲイであることを、誰かに話すのは恐ろしい。
内気に打ち明けたそれに、自分も同じだと福田は告げた。
「自分から言ったことはないな。木野くんが初めてだ」
「嘘だぁ!」
初めて、なんて言われると、股間のトキメキが渦を巻く。可笑しそうに深く寄った目尻の皺に、心を奪われ、離れられない。
「笑わないでくださいって」
「ごめん」
「福田さん、タイプです。本気で惚れそうだ」
軽く放った告白に、不思議そうな瞬きが返され、全く色のないそれに玉砕を悟って、木野はうらぶれた。
「飲みます」
「あ」
福田のグラスを奪い、空にしてやった。
「いいですよべつに、どうせぼくなんて、一生こんなんだし」
顔もカネもなく、チビではないが体はヒョロヒョロ。魅力ゼロ。
「そんなことないんじゃない?」
「そんな他人事みたいに」
「ハハ」
他人事だ。
「福田さんはずるいですよ、かっこいいからそういう、余裕あるんだしょ?」
「だしょ」
「だしょしゅ、ぼかぁ別に、草食系じゃないんですよね、童貞処女だけどさ」
福田の焼酎が血管をドクドクと駆け巡る。
頭の中が溶けて撓んで、ぐわんぐわんと揺れている。
「やりたい盛りですよ……わびしいぃー!」
「オレでよければ、しようか」
「————」
据わった半目の先で、柔らかく目を細めたダンディな中年に、木野は落ちた。
「お願いします……!」
ずるずると椅子に丸まる平伏を、軽やかに笑われた。
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