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第5話

 出会ってひと月。木野は、福田のことしか考えられなくなった。  昼も夜も仕事もなく、瞼の裏で福田を追った。  募る劣情に反比例するよう、福田がその気になる回数は減った。  ごめんと謝る申し訳なさそうな、魅力的な年上の人に、今度は木野が「ぼくは楽しいです」と笑い、虚勢を張った。そうしなければ簡単に、この関係は終わってしまう気がした。  指での戯れもほどほどに、並んでベッドに寝そべった。最近は、同じベッドで微睡むことが多くなった。  疲れの滲む福田の目元の、セクシーなシワが目の前にある。  福田は体つきに、不思議な色気があった。無駄な肉がなく、すっきりとした体は肩幅が広く、逞しい。硬く張った背中から自然に締まった腰付きも、四七歳とは思えぬ綺麗な丸い尻も色っぽく、そのくせ福田は、自分の体には無頓着だった。  決して手に入らない、伸びやかな造形に木野はうっとりし、いつでも瞼に焼き付けた。  福田が、好きだ。  硬く白い肌を、もっと奥まで暴いてみたくて堪らない。乱れたところを見せたがらない、憧れのひとの全身が、真っ赤に上気するまで快楽を共にしたくて、気が昂ぶる。  鼓動が乱れた。どうしようもなく、閉じた瞼に触れたくなって声が零れた。 「福田さん」 「ん……?」  欲しい。  眠たげに鼻を鳴らし、黒髪の垂れた、疲れた目元が震えた。  力なく瞬き、ボヤけて滲む瞳の潤みに、木野は吸い寄せられた。 「————」 「……ダメ」  指の背で、寄せた唇を止められた。  穏やかな眼差しの、困ったように柔らかく瞬くそれに、心を奪われ、息が出来ない。  優しく寄せられた目尻のシワが愛しい。口の端の小さな年輪も、まっすぐで誠実そうな眉も、通った男らしい鼻筋も、狭めの白い額も、長い首も、太い鎖骨も、福田の全てに愛しさが募って、言葉が込み上げた。 「好きでいて、いいですか? 迷惑かけませんから」  狂おしさを隠して笑った。必死の心も隠して告げ、近い距離で見つめ合った。  福田の吐息が微かに揺れた。  伸ばされた右腕に、頭を引き寄せられた。  初めての抱擁に鼓動が膨れ、木野はなにも出来なくなった。 「ごめん」  頭上の声に、痛む胸をごまかし、頷いた。  温かで優しい福田の腕には、心がなかった。

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