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第8話【三日目】BBQ~続編~
気付くとミチルの手を取り、全力疾走していた。無我夢中で辿り着いた先は、子供の頃に隠れ家として遊んでいた谷戸の雑木林だった。
もうこれ以上は走る事が出来ず、崩れる様に土手に腰掛けた。お互い俯 いたままで、息をゼーゼーさせている。
もう少し落ち着いたら、何の嫌がらせかと問いただすつもりでいた。
しかし、あたりが静かになると、かすかにすすり泣く声が聞こえてきた。
慌てふためき、そっと背中をさする。すると、堰 を切った様にわんわんと泣きはじめた。
「えっ!?ちょっと、どうしちゃったんですか??」
息子が泣いている時の様だ。今は色々問いただしてはいけない。思いつくだけの、優しい言葉を思い浮かべた。
「あなたには感謝していますよ?」
この男のお節介が無ければ、祖父とはずっと疎遠のままだった。受け入れがたいのは性癖だけで、情に厚く優しい人柄に助けられたのは確かだ。
「やめてよ、そんな言い方…」
一瞬、逆効果だったかと不安になったが、ミチルの口から少しずつ過去が語られた。
「私なんて何も価値が無いの…」
小林家も農家だった。しかし、この性癖故に父親に拒絶され家を追い出された。行く宛も無く、あのオカマバーで働く事になった。
孫に畑を継がせたかった祖父と、実は後を継ぎたいと思っていたのに拒絶されたミチルとは自然と話が合った。
隣に引っ越して来たのも祖父の口添えだ。
「こんな私を、受け入れてもらえて嬉しかった。ただ、それだけで満足だったの…」
しかし、会うたびに孫の事を大切そうに話す祖父を通して、いつしか祖父の中の拓也に想いを寄せる様になった。
「…いけないと思ったわ。」
初めて出会った時も一目で分かり、なんとか引き留めたい気持ちでいっぱいだった。
「拓也の事、想像以上に好きになったみたい。」
さっき母親に言った事は、嫌がらせでも何でも無かく、心からの言葉だった。こちらも、適当な返事は出来ない。
「明日には東京に帰ってしまうんでしょう?もっと側にいてくれないの?」
「それは出来ません。仕事があります。…でも、週末に顔を出すくらいなら出来ますよ。お隣さんとして。」
すると、くすくす笑いながら、うんうんと頷かれた。
「でも、せめて友人にして頂戴。特別に道隆って呼ぶの許してあげるわ。」
「じゃぁ、友人として宜しく。道隆。」
手を差し出し握手を求めた。帰り道は下らない話で盛り上がり、笑い合いながら歩いた。
何事も無かった様に家族と合流し、母親にも何も弁解などはしなかった。
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