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第2話
昔から、好奇心の薄い子供だった。それを物心ついた頃から薄々自覚していた。心揺さぶられるという現象は激しく体力を消耗し、精神を酷く疲弊させた。知ろうとすればするほど、自分自身の中にある目に見えない何かが消費され、好奇心の行きつく先が期待していたものと違うと気が付いたとき、絶望が津波のように押し寄せて、私の大切なものを身体と一緒に丸ごと飲み込まれていく気がして私は途方もなく落ち込むのだった。そんなものだから、いつからか好奇心(或いはそれに似通ったもの)を無意識に捨て去ってしまっていたのだろう。しばらく、感情は凪いだまま波を立てない。
私にしてみれば学生生活中の学びというものは実に簡単だった。教師の言うこと、教えることを飲み込み、丸ごと吐き出すだけ。毎日繰り返す内にそれは脳に定着して知識になり、今や私の仕事になり、財産を生み出した。学びは苦じゃない、子供たちは可愛い。この仕事につけたことを私は心底嬉しく思う。
しかし私の知識は今以上に深まることはない。この仕事において、好奇心からなる知識は何よりの財産だ。私にはそれが欠如している(そうでないにしても人よりは随分と少ない)。人に教えられたこと、学んだことを、飲み込み、吐き出す。私にできることはただそれだけ。大学を卒業して自らが教える側へと転ずると、私自身が自らの言葉を持たないことにようやく気が付いた。私の学習は常に教師の模倣で、自らが教師をいう存在を持たなくなった今、私に吐き出すものは何もない。上っ面の知識のみだ。他の教員との温度差は瞬く間に広がっていった。私は情熱や知識欲のある教師にはなれまいと嫌でも痛感した。そして迷いを振り切れない内に、ずるずると臨時採用の養護教諭を続けてもう四年もの歳月を費やしてしまった。
彼は今日も、早朝のグラウンドでサッカー部に混じり、清潔な汗を光らせている。彼が編入してきてから、それを眺めるのがすっかり日課になってしまった。
「ヒナちゃんせんせー、おはよう」
彼を眺めていた窓から、快活な声と共にひとりの女生徒が顔を覗かせた。確か名前は皆元といって、バレー部に所属している天真爛漫で愛嬌のある少女だ。毎朝教室へ向かう道すがら保健室へ立ち寄り、挨拶を交わすのも既に日課になりつつある。「ヒナちゃん先生」という気さくな呼び名は、月崎雛菊という名前からもじって彼女が付けたものだ。よほど親しみやすいのか、多くの生徒が私を愛称で呼んだ。
「おはようございます、今日も元気ですね」
風に靡くカーテンを端にまとめて窓へ寄れば、皆元は「何を見ていたの」と純真無垢な瞳で問いかけて、その質問に私は一瞬息をつめたけれど、黙秘する必要もないと思い直して、久留須くんを、と正直に答えた。
「よく目立つ子だと思って。待ち合わせ場所なんかにするといいかも知れませんね」
冗談めかしてそう言うと、彼女は控えめな笑みを浮かべた。
「私、同じクラスだよ、久留須くんと。いつも優しいけど、少し気味が悪いよね」
「気味が悪い? どうして」
「たまに無表情になるときがさ、なんか鳥肌立つくらい気味悪いことがあるんだよね、あの外見だし。いつもにこにこしてるから、余計にそう見えるだけだろうけど」
皆元は早口でそう告げると、時間がやばいから、と慌ただしく校舎を駆けて行った。予鈴が鳴り、グラウンドにいた生徒たちもぞろぞろと連なって教室を目指し歩いていく。その中にひと際異彩を放ち頭ひとつもふたつも飛びぬけた彼を見つけ、なかば無意識に目で追った。動き回ったにも関わらず涼し気に目を細める姿は恍惚の匂いを漂わせ、そしてそれは私へと伝染する。次の瞬間には彼と視線が絡み合い、鋭い眼光を正面から受け止めた。ぞくりと背中が粟立った。少し気味が悪いよね、そう言った皆元の声が脳内で再生された。
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