3 / 64

第3話

 吸って、吐く。紫煙がのんびりと空へ向かって立ち上った。学校は不便だ。校内での喫煙は表向き全面禁止となり、喫煙所は校門を出て更に歩かなければならない。殆どの職員は自分の車の中で吸うか、担当教科の準備室を自室替わりにそこで吸っている。保健医の私はまさか保健室で吸うわけにもいかず、自殺防止で立入禁止になった屋上を目指してせっせと階段を上り、無断で扉を開錠したままそれから施錠もせず、眺めのいいこの場所を専用の喫煙所として勝手に利用させて貰っていた。  フェンスに寄りかかりながら、放課後の部活動に精を出す生徒の声を背中で聞き、ゆっくりと紫煙を燻らせた。無理に残業する必要もないのだけれど、部活動が盛んなこの学校は放課後の怪我が多くて定時にさっさと帰ってしまうのも気が咎める。することもなくぼんやりと視線を泳がせていると、不快に耳を汚す甲高い音を立てながら、古く錆付いた屋上の扉が勢いよく開かれた。数少ない不良と呼ばれる生徒たちが非行でもしに来たのだろうかと見つめれば、そこから身体を滑り込ませたのは煙草を咥えた彼だった。 「久留須くん………」  彼は私と目を合わせても返事をしなかった。無言で横をとおり過ぎ、咥えられた煙草に火を点けて大きく息を吸った。 「なに、煙草でも注意するの? 今更」  言われて初めて、彼が高校生にも関わらず喫煙しているのが自然でないことに気が付いた。彼の太くて長い指が挟む細い煙草はまるで彼の身体の一部みたいで、ちっとも不自然ではなかった。彼が煙を吸い込むのだって、とても様になっていたのだ。 「ああ、いいえ、そんなつもりは………」  ああそう、彼は呟く。そして私の数メートル横で曇った煙を吐き出しながら、悠々とグラウンドを見下ろして、私も無意識にそれに倣った。私のものより香りの強い煙草の煙が目に沁みる。お互い黙して、彼は淡々と煙を吸っては吐きを繰り返し、その間に流れる沈黙は苦痛どころかむしろ私を恍惚とさせた。  毎朝目にするグラウンドで輝く姿とはまるで違って、私の前での彼は表情を殆ど動かさない。それが私の心に波風を立てた。放課後の屋上、斜陽に赤く染まる彼も、逆光に陰る彼も美しかった。とてもとても美しかった。目尻のピアスが光る。私は再び手を伸ばす。その腕をとられて、当たり前のように二度目の口づけを交わした。唇を離せば、間近に彼の顔がある。目尻、眉尻、鼻の横と口の端、彼を彩るすべてが鮮やかで、それらを司る彼は、随分と疲弊しているように見えた。

ともだちにシェアしよう!